2009年01月31日
ネーム・エンガイ・トード
うわんです。

NAPPYさんのブログからばかり引用しているようだが、それを狙っているわけではない。
偶然が重なっているだけである。
一生懸命、言い訳をしてから書きはじめるが、「ネーム・エンガイ・トード」を作ってしまったのだ。
この料理、NAPPYさんのブログ「http://www.daco.co.th/my/nappytnk/item/4724」に載っている。
NAPPYさんは、「タイの嫁」らしく自分で手作りしている。
私の家内は純ジャパなので、エンポリで売っていた、下味がついた「製品」を見つけて作ったのである。
要は、「ひと手間」食品である。
包装はこんな感じ。

何故か日本風の名前が付いている。
「チキン てんどん」だそうだ。
何をどういじれば、これが「てんどん」になるのかは、解析出来ていない。
でも、これで、250g入り、68バーツ。
揚げるだけで、完成。
(てんどん???)
なかなかの味である。
でも、袋の後ろに書いてある、作り方。

上から、順番に、袋を破って、油を熱し、揚げる。
ここまでは、私でもわかる。
問題は一番最後の「手」の絵である。
「手」からは、何か光線のようなものが......。
最後の絵に注意。
料理をする為には、ウルトラマンのようにならなければならないのだろうか?
それとも、タイ人には、私の知らない特殊な能力が隠されているのだろうか?
タイ語の読めない私には、最後だけが「解読不能」である。
取りあえず、出来た物を食べてみたが、特に「違和感」はない。
と、すれば、最後の絵で掌から「放出」している物はなんなのであろう。
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まさか、「愛情」なんて事はないだろう......と思う。

NAPPYさんのブログからばかり引用しているようだが、それを狙っているわけではない。
偶然が重なっているだけである。
一生懸命、言い訳をしてから書きはじめるが、「ネーム・エンガイ・トード」を作ってしまったのだ。
この料理、NAPPYさんのブログ「http://www.daco.co.th/my/nappytnk/item/4724」に載っている。
NAPPYさんは、「タイの嫁」らしく自分で手作りしている。
私の家内は純ジャパなので、エンポリで売っていた、下味がついた「製品」を見つけて作ったのである。
要は、「ひと手間」食品である。
包装はこんな感じ。

何故か日本風の名前が付いている。
「チキン てんどん」だそうだ。
何をどういじれば、これが「てんどん」になるのかは、解析出来ていない。
でも、これで、250g入り、68バーツ。
揚げるだけで、完成。
(てんどん???)なかなかの味である。
でも、袋の後ろに書いてある、作り方。

上から、順番に、袋を破って、油を熱し、揚げる。
ここまでは、私でもわかる。
問題は一番最後の「手」の絵である。
「手」からは、何か光線のようなものが......。
最後の絵に注意。料理をする為には、ウルトラマンのようにならなければならないのだろうか?
それとも、タイ人には、私の知らない特殊な能力が隠されているのだろうか?
タイ語の読めない私には、最後だけが「解読不能」である。
取りあえず、出来た物を食べてみたが、特に「違和感」はない。
と、すれば、最後の絵で掌から「放出」している物はなんなのであろう。
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まさか、「愛情」なんて事はないだろう......と思う。
2009年01月30日
朝もや
うわんです。

昨年11月から、「乾季」と呼ばれる季節になっている。
実際、もう2か月近く、雨らしい雨を経験していない。
最近、朝の通勤時は「朝もや」の中を走っている。
どこにこれだけの水分が貯えられていたのだろうと、不思議に思う。
アパートの近くより、郊外の工場の近くの方が「もや」が深いような気がする。
だからこの水分は外から運ばれて来たものばかりではなく、田んぼなどに隠されていたのではないかと推測する。
だとすれば、昼間、あんなに土埃を立てなくても良いだろうなどと勝手な事を考えてしまう。
GSなどに入って、車のヘッドランプに照らされた「もや」を見ると小さな白い点が群れをなしているのがわかる。
街灯に照らされてオレンジ色になった「もや」は濃くなったり薄くなったりしながら、すごいスピードで流されている。
それでも、次から次へと「もや」が湧き出してくるのだから、すごい量の水分である。
朝もや
車で走っていても、あんな小さな白い点なのに、ワイパーでこすると、ちゃんと水滴になる。
いったい「何個」の粒があるのだろうと、バカな事を考えてしまう。
車も運転は「運転手」がしているので、半分寝ぼけた頭で考えているのである。
突然「アボガドロ数」などと言うのを思いつく。
私の無意識の頭の中では、「たくさん」を表現する時の代表なのだろうか?
「たくさん」を表現する時の代表と言えば「無量大数」と言う単位も想い浮かぶ。
アボガドロの方は 何かが何とかして「10の23乗」、無量大数の方は不可思議の何倍かで「10の68乗」だったと思う。
でも、そんな程度の数の粒ではあるまい。
一目で見渡しても、視界180度以上。首を回せば、前後左右すべてである。
2台先の車のテールランプが見え、車体は輪郭すら覚束ない程度の濃さである。
そして、それから先もずっと「もや」なのである。
ついでに、昔、冗談で調べた「単位」のノートから、漢字で表される単位を書いてみます。
呪文もようなものなので、無視しても、結構です。
十、百、千、万、億、兆、京(けい)、垓(がい)、秭(じょ)、穰(じょう)、溝(こう)、澗(かん)、
正(せい)、載(さい)、極(ごく)、恒河沙(ごうがしゃ)、阿僧祇(あそうぎ)、那由他(なゆた)、
不可思議(ふかしぎ)、無量大数(むりょうたいすう)、洛叉(らくしゃ)、倶胝(くてい)、阿由多(あゆた)、
那由他(なゆた)、頻波羅(びんばら)、矜羯羅(こんがら)、阿伽羅(あから)、最勝(さいしょう) 、
摩婆羅(まばら)、阿婆羅(あばら)、多婆羅(たばら)、界分(かいぶん)、普摩(ふま)、禰摩(ねま)、
阿婆鈐(あばけん)、弥伽婆(みかば)、毘羅伽(びらか)、毘伽婆(びかば)、僧羯邏摩(そうがらま)、
毘薩羅(びさら)、毘贍婆(びせんば)、毘盛伽(びじょうが)、毘素陀(びすだ)、毘婆訶(びばか)、
毘薄底(びばてい) 、毘伽擔(びきゃたん)、称量(しょうりょう) 、一持(いちじ)、異路(いろ)、顛倒(てんどう)、
三末耶(さんまや)、毘睹羅(びとら)、奚婆羅(けいばら)、伺察(しさつ)、周広(しゅうこう)、高出(こうしゅつ) 、
最妙(さいみょう)、泥羅婆(ないらば)、訶理婆(かりば)、一動(いちどう)、訶理蒲(かりぼ)、訶理三(かりさん)、
奚魯伽(けいろか)、達羅歩陀(たつらほだ)、訶魯那(かろな)、摩魯陀(まろだ)、懺慕陀(ざんぼだ)、
摩魯摩(まろま)、調伏(ちょうぶく) 、不動(ふどう)、極量(ごくりょう)、阿麼怛羅(あまたら)、
勃麼怛羅(ぼまたら)、伽麼怛羅(がまたら)、那麼怛羅(なまたら)、奚麼怛羅(けいまたら)、
薜麼怛羅(べいまたら)、鉢羅麼怛羅(はらまたら)、尸婆麼怛羅(しばまたら)、翳羅(えいら)、薜羅(べいら)、
諦羅(たいら)、偈羅(げら)、歩羅(そほら)、泥羅(ないら)、計羅(けいら)、細羅(さいら)、
睥羅(へいら) 、謎羅(めいら)、娑羅荼(しゃらだ)、謎魯陀(めいろだ) 、契魯陀(けいろだ)、摩睹羅(まとら)、
娑母羅(しゃもら)、阿野娑(あやしゃ)、迦麼羅(かまら)、摩伽婆(まかば)、阿怛羅(あたら)、醯魯耶(けいろや) 、
薜魯婆(べいろば)、羯羅波(からは) 、訶婆婆(かばば) 、毘婆羅(びばら)、那婆羅(なばら)、摩羅羅(まらら)
娑婆羅(しゃばら)、迷羅普(めいらふ)、者麼羅(しゃまら) 、駄麼羅(だまら)、鉢麼陀(はらまだ)、毘迦摩(びかま)
烏波跋多(うはばた)、演説(えんぜつ) 、無尽(むじん)、出生(しゅっしょう)、無我(むが)、阿畔多(あばんた)
青蓮華(しょうれんげ)、鉢頭摩(はどま)、僧祇(そうぎ)、趣(しゅ)、至(し)、阿僧祇(あそうぎ)、阿僧祇転(あそうぎてん) 、
無量(むりょう)、無量転(むりょうてん) 、無辺(むへん)、無辺転(むへんてん)、無等(むとう)、無等転(むとうてん)、
不可数(ふかすう) 、不可数転(ふかすうてん)、不可称(ふかしょう)、不可称転(ふかしょうてん)、不可思(ふかし)、
不可思転(ふかしてん)、不可量(ふかりょう)、不可量転(ふかりょうてん)、不可説(ふかせつ)、不可説転(ふかせつてん)、
不可説不可説(ふかせつふかせつ)、不可説不可説転(ふかせつふかせつてん)
と、続くのだそうです。(いくつか抜けたかもしれません)
全く不必要な事ですが、日本では無量大数が最大の単位とされています。(千無量大数で、10の71乗です)
小さい方も昔のノートにありますが、面倒なので書きません。
ところで、霧ともやの違いって気になりませんか?
霧は視程が1km以下の時で、もやは1km以上10km以下の時なんですって。
私は、てっきり水滴の大きさが関係しているのかと思っていました。
でも、毎朝のモヤモヤは「霧」より「もや」の方が似合っているような気もします。
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こんなに視界が悪いのに、車間距離もとらずに、いつもより20kmくらい遅いスピードで運転している。
大体、「車間距離」と言う言葉を知っているのだろうか?
いつもより少し遅いといっても、一般道なのに100km/hで走っている。
この状態が「気にならない」と言うことは、普段は何に注意して運転しているのだろう?

昨年11月から、「乾季」と呼ばれる季節になっている。
実際、もう2か月近く、雨らしい雨を経験していない。
最近、朝の通勤時は「朝もや」の中を走っている。
どこにこれだけの水分が貯えられていたのだろうと、不思議に思う。
アパートの近くより、郊外の工場の近くの方が「もや」が深いような気がする。
だからこの水分は外から運ばれて来たものばかりではなく、田んぼなどに隠されていたのではないかと推測する。
だとすれば、昼間、あんなに土埃を立てなくても良いだろうなどと勝手な事を考えてしまう。
GSなどに入って、車のヘッドランプに照らされた「もや」を見ると小さな白い点が群れをなしているのがわかる。
街灯に照らされてオレンジ色になった「もや」は濃くなったり薄くなったりしながら、すごいスピードで流されている。
それでも、次から次へと「もや」が湧き出してくるのだから、すごい量の水分である。
朝もや車で走っていても、あんな小さな白い点なのに、ワイパーでこすると、ちゃんと水滴になる。
いったい「何個」の粒があるのだろうと、バカな事を考えてしまう。
車も運転は「運転手」がしているので、半分寝ぼけた頭で考えているのである。
突然「アボガドロ数」などと言うのを思いつく。
私の無意識の頭の中では、「たくさん」を表現する時の代表なのだろうか?
「たくさん」を表現する時の代表と言えば「無量大数」と言う単位も想い浮かぶ。
アボガドロの方は 何かが何とかして「10の23乗」、無量大数の方は不可思議の何倍かで「10の68乗」だったと思う。
でも、そんな程度の数の粒ではあるまい。
一目で見渡しても、視界180度以上。首を回せば、前後左右すべてである。
2台先の車のテールランプが見え、車体は輪郭すら覚束ない程度の濃さである。
そして、それから先もずっと「もや」なのである。
ついでに、昔、冗談で調べた「単位」のノートから、漢字で表される単位を書いてみます。
呪文もようなものなので、無視しても、結構です。
十、百、千、万、億、兆、京(けい)、垓(がい)、秭(じょ)、穰(じょう)、溝(こう)、澗(かん)、
正(せい)、載(さい)、極(ごく)、恒河沙(ごうがしゃ)、阿僧祇(あそうぎ)、那由他(なゆた)、
不可思議(ふかしぎ)、無量大数(むりょうたいすう)、洛叉(らくしゃ)、倶胝(くてい)、阿由多(あゆた)、
那由他(なゆた)、頻波羅(びんばら)、矜羯羅(こんがら)、阿伽羅(あから)、最勝(さいしょう) 、
摩婆羅(まばら)、阿婆羅(あばら)、多婆羅(たばら)、界分(かいぶん)、普摩(ふま)、禰摩(ねま)、
阿婆鈐(あばけん)、弥伽婆(みかば)、毘羅伽(びらか)、毘伽婆(びかば)、僧羯邏摩(そうがらま)、
毘薩羅(びさら)、毘贍婆(びせんば)、毘盛伽(びじょうが)、毘素陀(びすだ)、毘婆訶(びばか)、
毘薄底(びばてい) 、毘伽擔(びきゃたん)、称量(しょうりょう) 、一持(いちじ)、異路(いろ)、顛倒(てんどう)、
三末耶(さんまや)、毘睹羅(びとら)、奚婆羅(けいばら)、伺察(しさつ)、周広(しゅうこう)、高出(こうしゅつ) 、
最妙(さいみょう)、泥羅婆(ないらば)、訶理婆(かりば)、一動(いちどう)、訶理蒲(かりぼ)、訶理三(かりさん)、
奚魯伽(けいろか)、達羅歩陀(たつらほだ)、訶魯那(かろな)、摩魯陀(まろだ)、懺慕陀(ざんぼだ)、
摩魯摩(まろま)、調伏(ちょうぶく) 、不動(ふどう)、極量(ごくりょう)、阿麼怛羅(あまたら)、
勃麼怛羅(ぼまたら)、伽麼怛羅(がまたら)、那麼怛羅(なまたら)、奚麼怛羅(けいまたら)、
薜麼怛羅(べいまたら)、鉢羅麼怛羅(はらまたら)、尸婆麼怛羅(しばまたら)、翳羅(えいら)、薜羅(べいら)、
諦羅(たいら)、偈羅(げら)、歩羅(そほら)、泥羅(ないら)、計羅(けいら)、細羅(さいら)、
睥羅(へいら) 、謎羅(めいら)、娑羅荼(しゃらだ)、謎魯陀(めいろだ) 、契魯陀(けいろだ)、摩睹羅(まとら)、
娑母羅(しゃもら)、阿野娑(あやしゃ)、迦麼羅(かまら)、摩伽婆(まかば)、阿怛羅(あたら)、醯魯耶(けいろや) 、
薜魯婆(べいろば)、羯羅波(からは) 、訶婆婆(かばば) 、毘婆羅(びばら)、那婆羅(なばら)、摩羅羅(まらら)
娑婆羅(しゃばら)、迷羅普(めいらふ)、者麼羅(しゃまら) 、駄麼羅(だまら)、鉢麼陀(はらまだ)、毘迦摩(びかま)
烏波跋多(うはばた)、演説(えんぜつ) 、無尽(むじん)、出生(しゅっしょう)、無我(むが)、阿畔多(あばんた)
青蓮華(しょうれんげ)、鉢頭摩(はどま)、僧祇(そうぎ)、趣(しゅ)、至(し)、阿僧祇(あそうぎ)、阿僧祇転(あそうぎてん) 、
無量(むりょう)、無量転(むりょうてん) 、無辺(むへん)、無辺転(むへんてん)、無等(むとう)、無等転(むとうてん)、
不可数(ふかすう) 、不可数転(ふかすうてん)、不可称(ふかしょう)、不可称転(ふかしょうてん)、不可思(ふかし)、
不可思転(ふかしてん)、不可量(ふかりょう)、不可量転(ふかりょうてん)、不可説(ふかせつ)、不可説転(ふかせつてん)、
不可説不可説(ふかせつふかせつ)、不可説不可説転(ふかせつふかせつてん)
と、続くのだそうです。(いくつか抜けたかもしれません)
全く不必要な事ですが、日本では無量大数が最大の単位とされています。(千無量大数で、10の71乗です)
小さい方も昔のノートにありますが、面倒なので書きません。
ところで、霧ともやの違いって気になりませんか?
霧は視程が1km以下の時で、もやは1km以上10km以下の時なんですって。
私は、てっきり水滴の大きさが関係しているのかと思っていました。
でも、毎朝のモヤモヤは「霧」より「もや」の方が似合っているような気もします。
ランキングに参加しています。
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こんなに視界が悪いのに、車間距離もとらずに、いつもより20kmくらい遅いスピードで運転している。
大体、「車間距離」と言う言葉を知っているのだろうか?
いつもより少し遅いといっても、一般道なのに100km/hで走っている。
この状態が「気にならない」と言うことは、普段は何に注意して運転しているのだろう?
2009年01月29日
夢占い
うわんです。

普段はあまり「夢」を見る方ではない。
もしかすると、見ているのかもしれないが、目を覚ました時には忘れているのかも知れない。
昔から「夢の話はバカがする」と言う。
私は、保証書付きのバカだから、夢の話をしても良いだろう。
仕事始めの日、その夢を見た。
大きさはニシキヘビで、模様は白と金色なのだがこれもニシキヘビと同じ。
そのくせ、コブラのように鎌首を持ち上げてかかってくるのである。
驚いて逃げようと思った時に「場面転換」。
どうやったのかは知らないが、右手にヘビの頭を持ち、左手に尻尾を持っている。
ヘビの頭と言うか、顔を親指と中指で左右から指ではさみつけていて、おおきな毒牙が人差し指に軽く刺さっている。
毒は体に脈打って入って来るのだが、ヘビが「大丈夫、心配無い」と言う。
と言う所で目が覚めた。
あまり気持ちの良い夢ではない。
気にし過ぎたのだろうか、2日目も同じ夢を見た。
ユングは男性の夢に登場するヘビはまず間違いなく女性であることが多いと言っている。
フロイトによる男根の象徴説はあまりにも有名であるが、フロイトの場合は何でも「性」にしてしまうので当てにはならない。
ちょっと調べただけでも、ヘビの夢には、智恵、治癒力、豊かさ(お金)、病気、母性、母親、女性、さらには性的なニュアンスがある事がわかる。
私は、占いや霊感を信じる方ではないので、見た夢で「幸運」であるとか「不運」であるとかの判断はしない。
とは言っても、調べてみると、女性だとか、お金だとか、「夢」を見る事とは関係なく、現実に起きたら「嬉しい」事が入っている。
「お金が入る」と言われても、宝くじや博打はいっさいしない。
少女漫画なら、ブラジルのおじいさんが「遺産」を残してくれた。なんて話もあるのだろうが、残念ながらそんな心当たりはない。
「遺産」が入ってくる確率より「イサーン」のネーチャンと「ねんごろ」になる確率の方がまだ高い。
高いといっても、0.000▽%のレベルである。
私にとったら、「お金」も「女性」もその希望の達成確率は、放射線廃棄物の漏えいと同様の確立のチャンスしかないと言う事だろう。
(自分で確率0と言うのが嫌なだけ)
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さて、このブログを読んでくれている人たちの中に、夢判断ができる人がいるだろうか。
もし、いたら是非、占って欲しい。
良い前兆なら、喜んで信じましょう。
悪かったら、コメントを読んだ後で、消去しちゃいます。

普段はあまり「夢」を見る方ではない。
もしかすると、見ているのかもしれないが、目を覚ました時には忘れているのかも知れない。
昔から「夢の話はバカがする」と言う。
私は、保証書付きのバカだから、夢の話をしても良いだろう。
仕事始めの日、その夢を見た。
大きさはニシキヘビで、模様は白と金色なのだがこれもニシキヘビと同じ。
そのくせ、コブラのように鎌首を持ち上げてかかってくるのである。
驚いて逃げようと思った時に「場面転換」。
どうやったのかは知らないが、右手にヘビの頭を持ち、左手に尻尾を持っている。
ヘビの頭と言うか、顔を親指と中指で左右から指ではさみつけていて、おおきな毒牙が人差し指に軽く刺さっている。
毒は体に脈打って入って来るのだが、ヘビが「大丈夫、心配無い」と言う。
と言う所で目が覚めた。
あまり気持ちの良い夢ではない。
気にし過ぎたのだろうか、2日目も同じ夢を見た。
ユングは男性の夢に登場するヘビはまず間違いなく女性であることが多いと言っている。
フロイトによる男根の象徴説はあまりにも有名であるが、フロイトの場合は何でも「性」にしてしまうので当てにはならない。
ちょっと調べただけでも、ヘビの夢には、智恵、治癒力、豊かさ(お金)、病気、母性、母親、女性、さらには性的なニュアンスがある事がわかる。
私は、占いや霊感を信じる方ではないので、見た夢で「幸運」であるとか「不運」であるとかの判断はしない。
とは言っても、調べてみると、女性だとか、お金だとか、「夢」を見る事とは関係なく、現実に起きたら「嬉しい」事が入っている。
「お金が入る」と言われても、宝くじや博打はいっさいしない。
少女漫画なら、ブラジルのおじいさんが「遺産」を残してくれた。なんて話もあるのだろうが、残念ながらそんな心当たりはない。
「遺産」が入ってくる確率より「イサーン」のネーチャンと「ねんごろ」になる確率の方がまだ高い。
高いといっても、0.000▽%のレベルである。
私にとったら、「お金」も「女性」もその希望の達成確率は、放射線廃棄物の漏えいと同様の確立のチャンスしかないと言う事だろう。
(自分で確率0と言うのが嫌なだけ)
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さて、このブログを読んでくれている人たちの中に、夢判断ができる人がいるだろうか。
もし、いたら是非、占って欲しい。
良い前兆なら、喜んで信じましょう。
悪かったら、コメントを読んだ後で、消去しちゃいます。
2009年01月28日
不要だと、思うのだけれど....
うわんです。

タイで不思議に思う事、と言ったら、生活、習慣、文化、風習、など多岐に渡る。
そのような事を言いだしたら、ブログの記事の10年分にもなりそうである。
既に見慣れた物でも、フト気になってしまうち、不思議なものがある。
今回、気になってしまったのは、タクシーについている「リアウィングスポイラー」
イメージとしては、レーシングカーとか、暴走族が好んでつけている感じである。
詳しい事は知らないが、スピードをあげた時に車体を安定させるための物なのであろう。
いったい、どの位のスピードで、どんな走り方、曲がり方をする時に必要になるのだろうか?
一般道を走っている車に必要性があるのだろうか?
私の運転手は、一般道でもチャンスがあれば120kmくらいで走りたがる。
カビンブリなどへの出張だと、調子込んで150km位は出す。
こんな私の運転手が運転する車をパッシングをかけて追い抜いて行く「バカ者」もいる。
こういう輩には「リアウィングスポイラー」が必要なのかも知れない。
バンコク市内の「渋滞」の中では、車線変更による「蛇行運転」は良くみかけるが、「リアウィングスポイラー」で車体を安定させなければならない程スピードは出せない。
渋滞で、ちょっとでも隣が空くとすぐに車線変更をする。
車線変更をしたと思ったら、元いた車線が動き始める。
また、慌てて元の車線に戻ろうとする。
元の車線に戻ったら、また、隣の車線が動きはじめる。
一番最初にいた車線にいれば、今頃はあの信号の所に着いていたのに。車線変更の度に、2台3台分遅れて行く。
確かに「バック」はしていないが、ラグビーのパスのように後ろへ進んでいるようなものである。
車線で見れば、車はウロウロしている。
割り込むために、トータルのスピードは歩いている人よりも遅くなる時がある。
そんな、市内の交通事情で、その混雑を作り出している原因の一つでもあるタクシーに「リアウィングスポイラー」が必要なのか?
こんなのとか
こんなのとか
こんなのとか
こんなのとか
大体、タクシーは、「走って、曲がって、止まる」事さえできれば、できるだけコストを抑えるために、余分な物を取り外すものではないのか?
ロータスやカフーの前で客待ちをしているタクシーの中には、オンボロを通り越して、「生きている化石」のような車もある。
運転席のメーター類の針は抜け落ち、赤やオレンジのランプは点灯しっぱなし。
動きだせば、小石の一つ一つの形まで忠実にトレースし、シートに座っている「お尻」にその感触を伝えてくれる。
私の住んでいるアパートの入り口の小さな坂さえ登り切る力がない車もある。
そんなタクシーでも、「リアウィングスポイラー」がついている。
このオンボロタクシーの場合は時々「有効活用」されているのを見る事ができる。
「リアウィングスポイラー」とバンパーを利用して、自転車の荷物を縛るゴムバンドで、トランクが開かないようにしてあるのである。

黄色と緑の2トーンカラーのタクシー以外は、運転手がタクシー会社から車を借りていると聞いたことがある。
だとすれば、あの「リアウィングスポイラー」は、タクシー会社が「何かの必要「があって取り付けたのだろうか?
それとも、タイの「タクシー仕様」車にはあの「リアウィングスポイラー」が標準装備なのだろうか?
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今はまだ新しく見える「アルティス」などのタクシー仕様車に付いている「リアウィングスポイラー」は、タクシー会社の社長などが「熟慮」して、20年後くらい経ってトランクが閉まらなくなった時のために、今から標準で装備しておこうと言う「深慮遠謀」の結果なのであろうか。

タイで不思議に思う事、と言ったら、生活、習慣、文化、風習、など多岐に渡る。
そのような事を言いだしたら、ブログの記事の10年分にもなりそうである。
既に見慣れた物でも、フト気になってしまうち、不思議なものがある。
今回、気になってしまったのは、タクシーについている「リアウィングスポイラー」
イメージとしては、レーシングカーとか、暴走族が好んでつけている感じである。
詳しい事は知らないが、スピードをあげた時に車体を安定させるための物なのであろう。
いったい、どの位のスピードで、どんな走り方、曲がり方をする時に必要になるのだろうか?
一般道を走っている車に必要性があるのだろうか?
私の運転手は、一般道でもチャンスがあれば120kmくらいで走りたがる。
カビンブリなどへの出張だと、調子込んで150km位は出す。
こんな私の運転手が運転する車をパッシングをかけて追い抜いて行く「バカ者」もいる。
こういう輩には「リアウィングスポイラー」が必要なのかも知れない。
バンコク市内の「渋滞」の中では、車線変更による「蛇行運転」は良くみかけるが、「リアウィングスポイラー」で車体を安定させなければならない程スピードは出せない。
渋滞で、ちょっとでも隣が空くとすぐに車線変更をする。
車線変更をしたと思ったら、元いた車線が動き始める。
また、慌てて元の車線に戻ろうとする。
元の車線に戻ったら、また、隣の車線が動きはじめる。
一番最初にいた車線にいれば、今頃はあの信号の所に着いていたのに。車線変更の度に、2台3台分遅れて行く。
確かに「バック」はしていないが、ラグビーのパスのように後ろへ進んでいるようなものである。
車線で見れば、車はウロウロしている。
割り込むために、トータルのスピードは歩いている人よりも遅くなる時がある。
そんな、市内の交通事情で、その混雑を作り出している原因の一つでもあるタクシーに「リアウィングスポイラー」が必要なのか?
こんなのとか
こんなのとか
こんなのとか
こんなのとか大体、タクシーは、「走って、曲がって、止まる」事さえできれば、できるだけコストを抑えるために、余分な物を取り外すものではないのか?
ロータスやカフーの前で客待ちをしているタクシーの中には、オンボロを通り越して、「生きている化石」のような車もある。
運転席のメーター類の針は抜け落ち、赤やオレンジのランプは点灯しっぱなし。
動きだせば、小石の一つ一つの形まで忠実にトレースし、シートに座っている「お尻」にその感触を伝えてくれる。
私の住んでいるアパートの入り口の小さな坂さえ登り切る力がない車もある。
そんなタクシーでも、「リアウィングスポイラー」がついている。
このオンボロタクシーの場合は時々「有効活用」されているのを見る事ができる。
「リアウィングスポイラー」とバンパーを利用して、自転車の荷物を縛るゴムバンドで、トランクが開かないようにしてあるのである。

黄色と緑の2トーンカラーのタクシー以外は、運転手がタクシー会社から車を借りていると聞いたことがある。
だとすれば、あの「リアウィングスポイラー」は、タクシー会社が「何かの必要「があって取り付けたのだろうか?
それとも、タイの「タクシー仕様」車にはあの「リアウィングスポイラー」が標準装備なのだろうか?
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今はまだ新しく見える「アルティス」などのタクシー仕様車に付いている「リアウィングスポイラー」は、タクシー会社の社長などが「熟慮」して、20年後くらい経ってトランクが閉まらなくなった時のために、今から標準で装備しておこうと言う「深慮遠謀」の結果なのであろうか。
2009年01月27日
老山東 スクム26
うわんです。

このブログにコメントを頂くNAPPYさんのブログ記事に魅かれて、シーロムのタニヤビルにある「青リンゴ」と言うカレー屋に行って来た。
http://www.daco.co.th/my/nappytnk/item/4783#c
フリーペーパーに載っている「大好評」のはずの店に行ったら大失敗だったと言う経験が多いので、知り合いの口コミ情報を多用している。
先日まで、毎回フリーペーパーに載っていて、私のアパートの近くでもあり、何回もその店の前を通っているのに、中々入る事が出来なかった「せまく亭」と言うカレー屋。
意を決して(と言うほどでもないが)やっと行ってみたら、閉店していた。って洒落にならない事があった。
直ぐ潰れてしまう程度の店だった。と諦める事にした。
最近、カレー屋やとんかつ屋を見つけると「かつカレー」を頼むのが習慣化している。
直近だけでも、サボテン、オッホー、大戸屋、かつキング、楽、そして青リンゴである。
アパートの近くなら、ラーメン1番から、城、ベック、山海屋、などほとんどの店にある。
カレーはじっくり煮込んだタイプが好きである。
カツはぶあつく、そのままカツとして食べられる物が好きである。
サボテンはカツの専門店なのに、カツカレーのカツは薄っぺらで揚げすぎであった。
もっとも、注文してから出てくるまでが遅く、お茶とキャベツでお腹一杯になってしまった。
とんかつ専門店なのだから、キャベツではなく「とんかつ」で勝負して欲しかった。
さて、青りんご。
頼んだものは、カレーうどん(ぶっかけ)とカツカレーである。
おおきなお皿で出てきたので量的に少ないのかな?と言う印象だったが、食べてみると十分な量であった。
カツは私の好みから見ると少し薄め。タイスタイルまでは行かないが、少し細めに切ってある。
カレーはさすが専門店、中々のお味である。
NAPPYさんは「辛さ」が足りなかったようだが、私には丁度よかった。と言うより「カイエンペッパー」を足すほどではなかったのである。
まだ、ワニの舌にはなっていないようである。でも、トカゲくらいにはなっているかも......。
BTSを乗り継いで行った価値はある。
で、その次の日曜日。
諸般の事情で、「チャンポン」が食べたくなった。(どんな事情だ?)
チャンポンと言えば、フジスーパーの近くに珉珉と言うラーメン屋のメニューにあったはず。
と言う事で、家族に提案。
ところが、「お父さんのアイマイな記憶だけでお店に行って、メニューになかったら嫌だ」との反対意見。
希望のチャンポンではないが、感じが似ている「海鮮ラーメン」もあり、他のメニューもある「老山東」に行く事になった。
なんだか、NAPPYさんのブログをなぞっているような感じである。
http://www.daco.co.th/my/nappytnk/item/4788#c
ところで、この「老山東」と言う店、何と読むのだろう?
入口のガラス戸
ペキンレストランとしか書かれていない(私が読めるのは....)。
スクム26の店で、お目当ての「海鮮ラーメン」を食べた。
ラーメンと言うよりうどんに近い麺で、その点はチャンポンに似ている。
「老山東」は有名な店なので、今更四の五の言う必要は無いだろう。
店の中
ただ。スクム26の本店のトイレは不思議である。
小便器の脇に湯沸かし器付きのシャワーがある。
床はフローリングなのである。
シャワー付きフローリングトイレ
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誰がどのような時に使うのだろう?

このブログにコメントを頂くNAPPYさんのブログ記事に魅かれて、シーロムのタニヤビルにある「青リンゴ」と言うカレー屋に行って来た。
http://www.daco.co.th/my/nappytnk/item/4783#c
フリーペーパーに載っている「大好評」のはずの店に行ったら大失敗だったと言う経験が多いので、知り合いの口コミ情報を多用している。
先日まで、毎回フリーペーパーに載っていて、私のアパートの近くでもあり、何回もその店の前を通っているのに、中々入る事が出来なかった「せまく亭」と言うカレー屋。
意を決して(と言うほどでもないが)やっと行ってみたら、閉店していた。って洒落にならない事があった。
直ぐ潰れてしまう程度の店だった。と諦める事にした。
最近、カレー屋やとんかつ屋を見つけると「かつカレー」を頼むのが習慣化している。
直近だけでも、サボテン、オッホー、大戸屋、かつキング、楽、そして青リンゴである。
アパートの近くなら、ラーメン1番から、城、ベック、山海屋、などほとんどの店にある。
カレーはじっくり煮込んだタイプが好きである。
カツはぶあつく、そのままカツとして食べられる物が好きである。
サボテンはカツの専門店なのに、カツカレーのカツは薄っぺらで揚げすぎであった。
もっとも、注文してから出てくるまでが遅く、お茶とキャベツでお腹一杯になってしまった。
とんかつ専門店なのだから、キャベツではなく「とんかつ」で勝負して欲しかった。
さて、青りんご。
頼んだものは、カレーうどん(ぶっかけ)とカツカレーである。
おおきなお皿で出てきたので量的に少ないのかな?と言う印象だったが、食べてみると十分な量であった。
カツは私の好みから見ると少し薄め。タイスタイルまでは行かないが、少し細めに切ってある。
カレーはさすが専門店、中々のお味である。
NAPPYさんは「辛さ」が足りなかったようだが、私には丁度よかった。と言うより「カイエンペッパー」を足すほどではなかったのである。
まだ、ワニの舌にはなっていないようである。でも、トカゲくらいにはなっているかも......。
BTSを乗り継いで行った価値はある。
で、その次の日曜日。
諸般の事情で、「チャンポン」が食べたくなった。(どんな事情だ?)
チャンポンと言えば、フジスーパーの近くに珉珉と言うラーメン屋のメニューにあったはず。
と言う事で、家族に提案。
ところが、「お父さんのアイマイな記憶だけでお店に行って、メニューになかったら嫌だ」との反対意見。
希望のチャンポンではないが、感じが似ている「海鮮ラーメン」もあり、他のメニューもある「老山東」に行く事になった。
なんだか、NAPPYさんのブログをなぞっているような感じである。
http://www.daco.co.th/my/nappytnk/item/4788#c
ところで、この「老山東」と言う店、何と読むのだろう?
入口のガラス戸ペキンレストランとしか書かれていない(私が読めるのは....)。
スクム26の店で、お目当ての「海鮮ラーメン」を食べた。
ラーメンと言うよりうどんに近い麺で、その点はチャンポンに似ている。
「老山東」は有名な店なので、今更四の五の言う必要は無いだろう。
店の中ただ。スクム26の本店のトイレは不思議である。
小便器の脇に湯沸かし器付きのシャワーがある。
床はフローリングなのである。
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誰がどのような時に使うのだろう?
2009年01月26日
春節
うわんです。

中国正月が今年は1月にある。
外注先の一部は中国系なのでこの期間はお休みするところが多い。
仕事が少ないくせに、納期も無かった今年のお正月休みは、休日出勤をして頑張ってもらった。
中国系の会社は容赦なく「お休み」となるので、うっかりしていると、仕事に多大な影響が出る。
日本もアジアの一員なのだから、この時期は、他の国に合せてお休みするのが良いとは思わないのだろうか?
私の勤めている会社のオーナーも中華系タイ人である。
だから、中国正月は、オーナー一族はきっちり「お休み」で、会社は仕事である。
毎年、この時期には、よっぽどの事が無い限り社長とは「連絡不能」になる。
中国では、のべ23億人が移動するとYahooのニュースにかいてあった。
23億人ってすごい数ですね。
このあいだ、トリインフルエンザで死者が出たって言う記事がありましたが、これだけの数が移動するとなると、「万が一」があった時は、もう、世界規模の話になります。
昨年は、オリンピックがあって、中国国内的には盛り上がったのかも知れないですが、私の頭の中には、「毒入りギョウザ」が残っています。
中国の人には恨みはありませんが、23億人がお土産に餃子を持ち帰えって.......などと考えてしまいます。
「毒入りの餃子」で去年を思い出しましたが、日本から持ち去られたマンホールの蓋は、オリンピックのメインスタジアムの鳥の巣の一部になってしまったのでしょうか?
鳥の巣をメインにした大会のあと、トリインフルに襲われたら、洒落にならないでしょうね。
中国の事だから、日本から持ち込まれたマンホールの蓋に病原菌が付いていたって言って「反日デモ」でもするのでしょうか?
先日、ロータスへ出かけたら、どこもかしこも「中国正月」の飾り付け。
赤い提灯型の飾り、赤地に金文字のポスター。
中国系のお菓子のコーナー。
海苔や湯葉、干し椎茸などのコーナー。
長寿麺のような麺類のコーナー。
鶏やアヒルの丸焼き、豚肉のかたまりの素揚げなどのコーナー。
中国系がこんなにいるのかって感じで、ロータスが中国一色になる。
今年は曜日の並びも良いから、たっぷりと休むのだろうな。
ちょうど月末にも引っかかる。
日本企業は、グローバルだのと言いながら、このへんの事情は汲んでくれないだろうな....。
中国企業に買収された「家電メーカー」の日本人はきっちり26日にタイに来るって言っていた。
毎年の事ながら、板挟みになるのは、現採の日本人である。
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ところで、今年のイスラム正月はいつだ?
タイには、イスラムも結構いるのである。

中国正月が今年は1月にある。
外注先の一部は中国系なのでこの期間はお休みするところが多い。
仕事が少ないくせに、納期も無かった今年のお正月休みは、休日出勤をして頑張ってもらった。
中国系の会社は容赦なく「お休み」となるので、うっかりしていると、仕事に多大な影響が出る。
日本もアジアの一員なのだから、この時期は、他の国に合せてお休みするのが良いとは思わないのだろうか?
私の勤めている会社のオーナーも中華系タイ人である。
だから、中国正月は、オーナー一族はきっちり「お休み」で、会社は仕事である。
毎年、この時期には、よっぽどの事が無い限り社長とは「連絡不能」になる。
中国では、のべ23億人が移動するとYahooのニュースにかいてあった。
23億人ってすごい数ですね。
このあいだ、トリインフルエンザで死者が出たって言う記事がありましたが、これだけの数が移動するとなると、「万が一」があった時は、もう、世界規模の話になります。
昨年は、オリンピックがあって、中国国内的には盛り上がったのかも知れないですが、私の頭の中には、「毒入りギョウザ」が残っています。
中国の人には恨みはありませんが、23億人がお土産に餃子を持ち帰えって.......などと考えてしまいます。
「毒入りの餃子」で去年を思い出しましたが、日本から持ち去られたマンホールの蓋は、オリンピックのメインスタジアムの鳥の巣の一部になってしまったのでしょうか?
鳥の巣をメインにした大会のあと、トリインフルに襲われたら、洒落にならないでしょうね。
中国の事だから、日本から持ち込まれたマンホールの蓋に病原菌が付いていたって言って「反日デモ」でもするのでしょうか?
先日、ロータスへ出かけたら、どこもかしこも「中国正月」の飾り付け。
赤い提灯型の飾り、赤地に金文字のポスター。
中国系のお菓子のコーナー。
海苔や湯葉、干し椎茸などのコーナー。
長寿麺のような麺類のコーナー。
鶏やアヒルの丸焼き、豚肉のかたまりの素揚げなどのコーナー。
中国系がこんなにいるのかって感じで、ロータスが中国一色になる。
今年は曜日の並びも良いから、たっぷりと休むのだろうな。
ちょうど月末にも引っかかる。
日本企業は、グローバルだのと言いながら、このへんの事情は汲んでくれないだろうな....。
中国企業に買収された「家電メーカー」の日本人はきっちり26日にタイに来るって言っていた。
毎年の事ながら、板挟みになるのは、現採の日本人である。
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ところで、今年のイスラム正月はいつだ?
タイには、イスラムも結構いるのである。
2009年01月24日
タイスタイル?
うわんです。

日本のデパートや大型のスーパーでは見かけないが、タイでは極めて普通という光景に、従業員と客の境が無いと言う光景がある。
例えば、従業員が買い物客を押しのけてエスカレータに乗ったり、エレベータが店員で満杯だったりするのである。
「10時開店」では、セキュリティーが時間になると入口の鍵をあけ「客」を店内に入れる。
店員も一緒に入って、それから開店の準備をする。
イセタンでは、さすが日本式で店員がそれぞれの売り場の前、エスカレータの前に整列して「いらっしゃいませ」とお客に挨拶をする。
知り合いのタイ人はそれがとても「気持ちが良い」と言って、イセタン側から入店し、一番上まで行ってから、となりのCWPやZENに行くと聞いた。
先日、大型スーパーのカフーラマ4世通り店に行った。
クーポン食堂で、朝食を取るつもりである。
家内は赤米の「カオトム」、私は「パッタイ」がいつものメニューである。
食事が終わって、2階のスーパーでお買い物。
私は、朝だろうが、昼だろうが、夜だろうが、お腹一杯食べると、直ぐ眠くなる。
スーパーでブラブラしていたら、ものすごく眠くなってきた。
眠くなっても、寝るところは無い。
運転手のたまり場にでも行けば居眠りくらいはできるのだが、それも出来ない。
家内について、あっちをブラブラ、こっちをブラブラしていた。
ペットショップの所で面白い物をみつけた。

こんな所に......
人間の「朝ごはん」の残骸である。
たぶん店員のものであろう。
どうやら、ムーピンのようである。
食事時になると、家具売り場の店員は売り物の豪華なテーブルの上にご飯やおかずを広げて食べる。
洋服売り場の店員はハンガーにかかった洋服を目隠しにして車座になって食べる。
そんな光景はよく見かける光景である。
それでも、最近は、食べ終わった物を片付けるようになってきた。
袋をそのままぶら下げているのは、最近見なくなった。
タイも進化しているのである。
こういう物が放置されていると言う事は、放置した店員も、売場の責任者も見回っていないと言う事だろう。
もっとも、直ぐに見つかるような所(売り場の中)で売り物に隠れて食べるような店員が、売場の責任者に直ぐ見つかってしまうようなドジはしないだろう。
また、こういう袋を見つけたからと言って、クレームをつける客もいないだろうから、掃除のおばちゃんが見つけるまでそこにそのまま放置される運命なのである。
どうだろうか、イトーヨーカドーのようなスーパーで、こんな光景はみられないであろう。
NHKの番組をパクルわけではないが「オヤ、こんな所にも、タイが隠れている」のである。(元ネタは「美の壺」です)
店員と客が入り混じってしまうと、客が「見てはイケナイ」物をみてしまう事がある。
先日、伊勢丹の一番上にあるレストラン街へ行った。
トイレに行ったら、個室から白い調理用の服を着た人が出てきた。
手を洗わずにトイレから出て、「フジレストラン」の調理場へ消えて行った。
私もフジで食事をしようと思っていたので、そのまま店に行った(私は手を洗いました)
その「にーちゃん」は、同僚と話をしながら、白い調理服の脇腹あたりで、手をこすり、ビニールの手袋をつけて「お寿司」を握り始めました。
もちろん、私は「お寿司」ではない物を注文しました。
日本には、「見ぬ物、清し」と言う名言があります。
トイレから手を洗わずに出てきた人が握った「お寿司」でも、見てさえいなければ、気にする事もないのです。
店員と客がゴッチャになると、いろいろ不都合が出てきますね。
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TVで時々見る「フランス料理」の厨房。
シェフが自分のスプーンで味見をする。
そのスプーンは洗わずエプロンで拭き、別な鍋に突っ込んで味見をしている。
なんとなく、汚らしい感じを受けてしまうのは、私だけだろうか?
シェフが病気だったら、全員が.................。

日本のデパートや大型のスーパーでは見かけないが、タイでは極めて普通という光景に、従業員と客の境が無いと言う光景がある。
例えば、従業員が買い物客を押しのけてエスカレータに乗ったり、エレベータが店員で満杯だったりするのである。
「10時開店」では、セキュリティーが時間になると入口の鍵をあけ「客」を店内に入れる。
店員も一緒に入って、それから開店の準備をする。
イセタンでは、さすが日本式で店員がそれぞれの売り場の前、エスカレータの前に整列して「いらっしゃいませ」とお客に挨拶をする。
知り合いのタイ人はそれがとても「気持ちが良い」と言って、イセタン側から入店し、一番上まで行ってから、となりのCWPやZENに行くと聞いた。
先日、大型スーパーのカフーラマ4世通り店に行った。
クーポン食堂で、朝食を取るつもりである。
家内は赤米の「カオトム」、私は「パッタイ」がいつものメニューである。
食事が終わって、2階のスーパーでお買い物。
私は、朝だろうが、昼だろうが、夜だろうが、お腹一杯食べると、直ぐ眠くなる。
スーパーでブラブラしていたら、ものすごく眠くなってきた。
眠くなっても、寝るところは無い。
運転手のたまり場にでも行けば居眠りくらいはできるのだが、それも出来ない。
家内について、あっちをブラブラ、こっちをブラブラしていた。
ペットショップの所で面白い物をみつけた。

こんな所に......人間の「朝ごはん」の残骸である。
たぶん店員のものであろう。
どうやら、ムーピンのようである。
食事時になると、家具売り場の店員は売り物の豪華なテーブルの上にご飯やおかずを広げて食べる。
洋服売り場の店員はハンガーにかかった洋服を目隠しにして車座になって食べる。
そんな光景はよく見かける光景である。
それでも、最近は、食べ終わった物を片付けるようになってきた。
袋をそのままぶら下げているのは、最近見なくなった。
タイも進化しているのである。
こういう物が放置されていると言う事は、放置した店員も、売場の責任者も見回っていないと言う事だろう。
もっとも、直ぐに見つかるような所(売り場の中)で売り物に隠れて食べるような店員が、売場の責任者に直ぐ見つかってしまうようなドジはしないだろう。
また、こういう袋を見つけたからと言って、クレームをつける客もいないだろうから、掃除のおばちゃんが見つけるまでそこにそのまま放置される運命なのである。
どうだろうか、イトーヨーカドーのようなスーパーで、こんな光景はみられないであろう。
NHKの番組をパクルわけではないが「オヤ、こんな所にも、タイが隠れている」のである。(元ネタは「美の壺」です)
店員と客が入り混じってしまうと、客が「見てはイケナイ」物をみてしまう事がある。
先日、伊勢丹の一番上にあるレストラン街へ行った。
トイレに行ったら、個室から白い調理用の服を着た人が出てきた。
手を洗わずにトイレから出て、「フジレストラン」の調理場へ消えて行った。
私もフジで食事をしようと思っていたので、そのまま店に行った(私は手を洗いました)
その「にーちゃん」は、同僚と話をしながら、白い調理服の脇腹あたりで、手をこすり、ビニールの手袋をつけて「お寿司」を握り始めました。
もちろん、私は「お寿司」ではない物を注文しました。
日本には、「見ぬ物、清し」と言う名言があります。
トイレから手を洗わずに出てきた人が握った「お寿司」でも、見てさえいなければ、気にする事もないのです。
店員と客がゴッチャになると、いろいろ不都合が出てきますね。
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TVで時々見る「フランス料理」の厨房。
シェフが自分のスプーンで味見をする。
そのスプーンは洗わずエプロンで拭き、別な鍋に突っ込んで味見をしている。
なんとなく、汚らしい感じを受けてしまうのは、私だけだろうか?
シェフが病気だったら、全員が.................。
2009年01月23日
ジャンパー支給
うわんです。

年明けから中旬過ぎまで、寒い日が続いた。
と言っても、バンコク市内では20度近辺をウロウロする程度である。
チェンマイやイサーンの方は気温が一桁まで下がったそうだ。
数年に一度のペースで寒い冬が来る。
タイの北部では、今年も何人か亡くなったそうである。
一昨年の暮れも寒く、作業者が風邪をひいて、軒並み休まれた事がある。
その時は、会社がおっとり刀で、「ジャンパー」を支給してくれた。
どこかの工場のB反なのだろうか、サイズは1種類であった。
タイ人の好きな会社のロゴは入っていなかった。
ジャンパーを支給されたら、急に気温が上り、私は着る機会がなかった。
次の年の冬に、日本へ出張があり、夏服しか持っていなかったので、このジャンパーはありがたかった。
でも、日本の冬はかなり手強く、タイでの「厚手」の服と支給のジャンパーで痩?我慢をした。
今年も、寒い冬である。
昨年の暮にジャンパーが支給された。
黒いジャンパーである。
サイズは各種取り揃えてあったらしい。
私にはXXLサイズが支給された。 ガバガバである。
このジャンパーを手配した事務のおばさんが、特別小さい人なのである。
支給されたジャンパーのSサイズで「ガバガバ」なのである。
XXLでは大き過ぎると文句を言いにいったら、そのおばさん、自分のSサイズを着て見せて、「同じだ」と仰られた。
抵抗不可。 諦めて引き下がった。
このジャンパー、両わきにポケットがついている。
そのポケットにはジッパーがついていると言う高級品?である。
内側にも、左右に両方にポケットがついている。
その内ポケットにもジッパーがついている。
なかなかの物である。
右と左の内ポケットの入口はとても大きくかなりも大きさの物を収納できる。
両側のジッパーさえ開けてあれば、片方から手を入れて、背中を経由してもう一方から手を出す事ができるのである。
このような優れた機能を持つジャンパーであるが、作業者たちの評判は今一つである。
見た目が「メッセンジャーみたい」なのだそうだ。
メッセンジャーとスキルワーカーとは、区別して欲しいのであろう。
私から見れば、私も含め、作業者もメッセンジャーも「目くそ、鼻くそ」である。
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ここにも、見えない「身分」の意識があるようです。
社長と運転手、友達のように話をしているかと思うと、同席はしたがらない。
卑屈になるのではなく、自分の「居場所」としての身分をわきまえるって事なのでしょうか。

年明けから中旬過ぎまで、寒い日が続いた。
と言っても、バンコク市内では20度近辺をウロウロする程度である。
チェンマイやイサーンの方は気温が一桁まで下がったそうだ。
数年に一度のペースで寒い冬が来る。
タイの北部では、今年も何人か亡くなったそうである。
一昨年の暮れも寒く、作業者が風邪をひいて、軒並み休まれた事がある。
その時は、会社がおっとり刀で、「ジャンパー」を支給してくれた。
どこかの工場のB反なのだろうか、サイズは1種類であった。
タイ人の好きな会社のロゴは入っていなかった。
ジャンパーを支給されたら、急に気温が上り、私は着る機会がなかった。
次の年の冬に、日本へ出張があり、夏服しか持っていなかったので、このジャンパーはありがたかった。
でも、日本の冬はかなり手強く、タイでの「厚手」の服と支給のジャンパーで痩?我慢をした。
今年も、寒い冬である。
昨年の暮にジャンパーが支給された。
黒いジャンパーである。
サイズは各種取り揃えてあったらしい。
私にはXXLサイズが支給された。 ガバガバである。
このジャンパーを手配した事務のおばさんが、特別小さい人なのである。
支給されたジャンパーのSサイズで「ガバガバ」なのである。
XXLでは大き過ぎると文句を言いにいったら、そのおばさん、自分のSサイズを着て見せて、「同じだ」と仰られた。
抵抗不可。 諦めて引き下がった。
このジャンパー、両わきにポケットがついている。
そのポケットにはジッパーがついていると言う高級品?である。
内側にも、左右に両方にポケットがついている。
その内ポケットにもジッパーがついている。
なかなかの物である。
右と左の内ポケットの入口はとても大きくかなりも大きさの物を収納できる。
両側のジッパーさえ開けてあれば、片方から手を入れて、背中を経由してもう一方から手を出す事ができるのである。
このような優れた機能を持つジャンパーであるが、作業者たちの評判は今一つである。
見た目が「メッセンジャーみたい」なのだそうだ。
メッセンジャーとスキルワーカーとは、区別して欲しいのであろう。
私から見れば、私も含め、作業者もメッセンジャーも「目くそ、鼻くそ」である。
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ここにも、見えない「身分」の意識があるようです。
社長と運転手、友達のように話をしているかと思うと、同席はしたがらない。
卑屈になるのではなく、自分の「居場所」としての身分をわきまえるって事なのでしょうか。
2009年01月22日
コンタクト
うわんです。

メガネを新しくした。2年ぶりくらいである。
遠近両用の乱視つきと言うものである。
これから数カ月経つと、暑い時期がやってくる。
この暑い時期に、メガネをしているのはつらい。
メガネの蔓を伝って汗がレンズの下にあつまり滴り落ちるのである。
それと、日差しである。
サングラスが欲しいと思う程の日差しである。
レンズを紫外線で反応して色が変わるものもあるのだが、便利なようで、そうでもない。
タイの家や工場、事務所などは、意外と「暗い」のである。
外にいて、真っ黒に色が変わったメガネでは、屋内に入ってしばらくは「見えない」のである。
そして、障害物は、入口付近にある事が多いのである。
妙な段差の階段とか、段ボール箱だとか、配線のカバーだとかである。
これらの問題をクリアするのが「コンタクトレンズ」である。
フレームが無いから汗がフレームから滴り落ちたりしない。
汗まみれの時、タオルで「顔の雑巾掛け」ができる。
日差しが強い時はサングラスができる。
そのサングラスは度が入っていないので、道端で、100バーツくらいで買える。
屋内に入ったときは、即、取り外す事ができる。
問題は遠近である。
乱視が入っているので、近眼対応しかできない。
しかたがないので、老眼鏡を持ち歩く事になる。
老眼鏡もサングラスを売っている道端の屋台で、買う事ができる。
仕事以外で、老眼鏡を使うのはレストランでメニューを見る時くらいである。
日本料理の場合は、大して困らない。
困るのは、イタリア料理とかタイ料理とかドイツ料理である。
イタリア語とかタイ語とかドイツ語の下に英語で説明がついている。
この説明が「小さい字」なのである。
英語の説明では「どうせ意味は分からない」と言う事実はあるにせよ、何となく料理の概略を推測するには必要である。
で、今回メガネを新調したら、乱視と近眼が少し進んでいた。
新しいメガネをかけてみたら、ふるいコンタクトの見え方が不満になった。
それで、コンタクトも新しくする事になった。
日本では、コンタクトを作るのに、色々面倒くさい手続きが必要なようである。
コンタクトは医療器具なのだそうだ。
その割に、「障害者」としては扱ってくれない。
メガネを作った眼鏡屋では、コンタクトを作る時、日本式に「医者」の診断が必要だと言う。
その医者が来るのが、週に3回、夕方5時からだと言う。
そこで、コンタクトは他の眼鏡屋で作る事にした。
タイ式のメガネ屋なら「医者」がどうのこうのと言うことはない。
検眼をして、新しいメガネを見せて、もう一度検眼して、コンタクトの発注となる。
タイ式と言っても、チャンとした日本の眼鏡屋である。
3日程で、届く事。
1か月装用で、6か月分。
乱視を調整したら、老眼の度が少し良くなった。
ボヤケテ見えていたのは、老眼ではなく、乱視の方であった。
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はっきり見えても、ブログの誤字脱字は治らないようである。
この世の中、はっきり見えない方が良い事もたくさんあるようではある。

メガネを新しくした。2年ぶりくらいである。
遠近両用の乱視つきと言うものである。
これから数カ月経つと、暑い時期がやってくる。
この暑い時期に、メガネをしているのはつらい。
メガネの蔓を伝って汗がレンズの下にあつまり滴り落ちるのである。
それと、日差しである。
サングラスが欲しいと思う程の日差しである。
レンズを紫外線で反応して色が変わるものもあるのだが、便利なようで、そうでもない。
タイの家や工場、事務所などは、意外と「暗い」のである。
外にいて、真っ黒に色が変わったメガネでは、屋内に入ってしばらくは「見えない」のである。
そして、障害物は、入口付近にある事が多いのである。
妙な段差の階段とか、段ボール箱だとか、配線のカバーだとかである。
これらの問題をクリアするのが「コンタクトレンズ」である。
フレームが無いから汗がフレームから滴り落ちたりしない。
汗まみれの時、タオルで「顔の雑巾掛け」ができる。
日差しが強い時はサングラスができる。
そのサングラスは度が入っていないので、道端で、100バーツくらいで買える。
屋内に入ったときは、即、取り外す事ができる。
問題は遠近である。
乱視が入っているので、近眼対応しかできない。
しかたがないので、老眼鏡を持ち歩く事になる。
老眼鏡もサングラスを売っている道端の屋台で、買う事ができる。
仕事以外で、老眼鏡を使うのはレストランでメニューを見る時くらいである。
日本料理の場合は、大して困らない。
困るのは、イタリア料理とかタイ料理とかドイツ料理である。
イタリア語とかタイ語とかドイツ語の下に英語で説明がついている。
この説明が「小さい字」なのである。
英語の説明では「どうせ意味は分からない」と言う事実はあるにせよ、何となく料理の概略を推測するには必要である。
で、今回メガネを新調したら、乱視と近眼が少し進んでいた。
新しいメガネをかけてみたら、ふるいコンタクトの見え方が不満になった。
それで、コンタクトも新しくする事になった。
日本では、コンタクトを作るのに、色々面倒くさい手続きが必要なようである。
コンタクトは医療器具なのだそうだ。
その割に、「障害者」としては扱ってくれない。
メガネを作った眼鏡屋では、コンタクトを作る時、日本式に「医者」の診断が必要だと言う。
その医者が来るのが、週に3回、夕方5時からだと言う。
そこで、コンタクトは他の眼鏡屋で作る事にした。
タイ式のメガネ屋なら「医者」がどうのこうのと言うことはない。
検眼をして、新しいメガネを見せて、もう一度検眼して、コンタクトの発注となる。
タイ式と言っても、チャンとした日本の眼鏡屋である。
3日程で、届く事。
1か月装用で、6か月分。
乱視を調整したら、老眼の度が少し良くなった。
ボヤケテ見えていたのは、老眼ではなく、乱視の方であった。
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はっきり見えても、ブログの誤字脱字は治らないようである。
この世の中、はっきり見えない方が良い事もたくさんあるようではある。
2009年01月21日
頑張って.....
うわんです。

昨日の続きと言う事で、スタート。
昨日の話のような「視察団」の相手をしていると、弊社が日系なのかどうかと言う事を聞かれる。
最初に、会社案内で、ローカル企業であると説明してあるのだが、工場を一巡りすると忘れるらしい。
暑いタイの工場であるから、一度記憶した事でも、「汗」と一緒に流れ出てしまうと言う事を実感して欲しいのだが、通常は自分が「覚えた」事実を忘れてしまうようである。
このような、十数年の観察の結果から、「記憶は水溶性」であると言う学説を発表しようと思っている。
この「視察団」を始めとして、仕事でのお客様でもそうなのだが、ローカル企業に日本人一人と聞くと一様に「驚かれる」
別に驚く事ではないと思うのだが、「エ~! お1人ですか」と言われる。
私にしてみれば、他に日本人がいて、「お前よりあっちの日本人が優秀だ」と比較されたりする方がよっぽど大変だと思う。
そして、別れ際に、みなさん「がんばってください」と激励して下さるのである。
必死で頑張らなければならないなら、何もこんな所で「働い」てはいない。
ある程度「サバーイ」だからいるのである。
日本人って言う人種は「頑張る」のが好きなようである。
私の感覚から言ったら
こちらが「頑張っているんです」と言ったら、相手が「頑張ってください」と返すのが「正しい」のではないだろうか?
こちらが「頑張って」いないのに、「頑張ってください」と言うのは「大きなお世話」である。
日本人と言うのは、多少、自虐的なところがあるようである。
悩んで、苦しんで、工夫してようやく問題を解決する。
次からは、お客は「当たり前」に要求してくる。
悩んだり苦しんだりした事は、もう価値がないのである。
お客が要求した「難しい」事を、苦しみ悩みながら、毎回やれば、「大変賃」が取れる。
仕事が欲しくて「その大変な仕事は解決済」と言うから、安く叩かれる。
効率化とか提案とか原価低減の活動がある。
日本の企業では「当然」の事である。
これを、従業員の立場で見ると、「給料も変わらないのに、前より多くの仕事をするためのアイデアを自分で考える」のである。
自動車業界の下請けは、毎年10%ずつの原価低減を「強制」されてきた。
多くの下請けが、血のにじむ思いでやってきた。
だけど、車の価格はそれほど安くなっていない。
物価がアガッテいるからだと言う。
でも、物価は下請けで働いている人や家族にとってもあがっている。
だれがどこで、我々が「頑張った」分をチョロマカしているのだろう。
日本人の「頑張って」は自発的な頑張ってではなく、相手やお客から強制的に押し付けられる「頑張って」なのである。
そして、「頑張って、頑張って、頑張って」逝くのである。
今、「頑張って」やり遂げたら、バラ色の未来がある。と言えるのだろうか。
タイのローカル企業で、たった1人の日本人は、けっして「頑張って」はいない。
だから、気楽に「頑張って」って言わないで欲しい。
だって、できれば「頑張りたく」ないのだから。
派遣切り、病院のたらい回し、年金のいい加減、などなど。
すべてが、日本人が「頑張って」きた結果なのである。
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自分の手で、自分の首を「頑張って」締め上げているように見える時がある。

昨日の続きと言う事で、スタート。
昨日の話のような「視察団」の相手をしていると、弊社が日系なのかどうかと言う事を聞かれる。
最初に、会社案内で、ローカル企業であると説明してあるのだが、工場を一巡りすると忘れるらしい。
暑いタイの工場であるから、一度記憶した事でも、「汗」と一緒に流れ出てしまうと言う事を実感して欲しいのだが、通常は自分が「覚えた」事実を忘れてしまうようである。
このような、十数年の観察の結果から、「記憶は水溶性」であると言う学説を発表しようと思っている。
この「視察団」を始めとして、仕事でのお客様でもそうなのだが、ローカル企業に日本人一人と聞くと一様に「驚かれる」
別に驚く事ではないと思うのだが、「エ~! お1人ですか」と言われる。
私にしてみれば、他に日本人がいて、「お前よりあっちの日本人が優秀だ」と比較されたりする方がよっぽど大変だと思う。
そして、別れ際に、みなさん「がんばってください」と激励して下さるのである。
必死で頑張らなければならないなら、何もこんな所で「働い」てはいない。
ある程度「サバーイ」だからいるのである。
日本人って言う人種は「頑張る」のが好きなようである。
私の感覚から言ったら
こちらが「頑張っているんです」と言ったら、相手が「頑張ってください」と返すのが「正しい」のではないだろうか?
こちらが「頑張って」いないのに、「頑張ってください」と言うのは「大きなお世話」である。
日本人と言うのは、多少、自虐的なところがあるようである。
悩んで、苦しんで、工夫してようやく問題を解決する。
次からは、お客は「当たり前」に要求してくる。
悩んだり苦しんだりした事は、もう価値がないのである。
お客が要求した「難しい」事を、苦しみ悩みながら、毎回やれば、「大変賃」が取れる。
仕事が欲しくて「その大変な仕事は解決済」と言うから、安く叩かれる。
効率化とか提案とか原価低減の活動がある。
日本の企業では「当然」の事である。
これを、従業員の立場で見ると、「給料も変わらないのに、前より多くの仕事をするためのアイデアを自分で考える」のである。
自動車業界の下請けは、毎年10%ずつの原価低減を「強制」されてきた。
多くの下請けが、血のにじむ思いでやってきた。
だけど、車の価格はそれほど安くなっていない。
物価がアガッテいるからだと言う。
でも、物価は下請けで働いている人や家族にとってもあがっている。
だれがどこで、我々が「頑張った」分をチョロマカしているのだろう。
日本人の「頑張って」は自発的な頑張ってではなく、相手やお客から強制的に押し付けられる「頑張って」なのである。
そして、「頑張って、頑張って、頑張って」逝くのである。
今、「頑張って」やり遂げたら、バラ色の未来がある。と言えるのだろうか。
タイのローカル企業で、たった1人の日本人は、けっして「頑張って」はいない。
だから、気楽に「頑張って」って言わないで欲しい。
だって、できれば「頑張りたく」ないのだから。
派遣切り、病院のたらい回し、年金のいい加減、などなど。
すべてが、日本人が「頑張って」きた結果なのである。
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自分の手で、自分の首を「頑張って」締め上げているように見える時がある。
2009年01月20日
訪問者
うわんです。

仕事の関係とは別に、工場を見にくる人達がいる。
仕事絡みであれば、受注に繋がるかもしれないと言う儚い希望に支えられて、お相手をさせて頂く。
日本人が来た時は無条件でかりだされる。
日本人とは言え、受注に結びつかない訪問者もいる。
一番多いのが、工業会と言う奴。
同業の大きな工業会から、各地方の町内会のようなグループまで、大小様々である。
それでも、同業であれば、話のついでに日本の状況などが聞けて面白い。
昨年、来たグループに、地方都市の「商工会」のグループと言うのがあった。
15人程のグループだそうだが、弊社に着たのは半分の8人。
どう見ても、工場見学ではない。
ゴルフとカラオケの間の時間潰しにしか見えない。
ここ数日で焼けたと思われる真赤な顔と、おでこから上の白さの対比が、物語っている。
金属加工と言って「板金屋」が一人、その他は酒屋だったりする。
いったいどんな奴が世話人なのだろうか。
同じ様なグループで、もっと始末が悪いのが、社長や会長が絡むお客。
社長や会長が日本に行った時、お世話になった人と言う関係。
来た方も、仕事に興味があるわけではない。
単に、「義理」である。
しかし、「ぞんざい」に扱う訳にはいかない。
こういう人たちは、通り一遍の説明ですむから、ウェルカムのコーヒーの後簡単に会社の説明。その後かけあしで、現場を案内。
会議室へ戻って、お絞りとコーラなどの冷たい飲み物を出して、お時間まで雑談となる。
夏休みになると、妙に生真面目な「学生」さんが訪れる事がある。
研究室の指導教授に引率されて、ノートを片手にやってくる。
彼らは清々しい程、熱心なふりをして話を聞いているが、かなり業種が違う。
訪問の目的が「海外でのたくっている、日本人の実態」の調査だったりする。
表向きは「海外企業で活躍する日本人技術者の.......」となっているが、実際は「海外でのたくっている.....」である。
一番困るのが、「お役人」とその「関係者」である。
いやゆる「視察」と言う奴である。
世話人と言う言いだしっぺがいて、役人と関係団体をくっつけて「視察」に来るパターンが多いようである。
来ると、偉そうに「訪問の目的」などを語るのが基本のパターンである。
目的の殆どは、訪問される側には関係の無い調査だったり、視察だったりする。
そのくせ態度は「来てやった」の態度なのである。
凄いのになると、視察が終わった後で書くはずの「レポート」までが既に準備されていて、レポートに基ずいて「視察」の予定が組まれ、こちらがどう答えようが関係なく、報告される物がある。
いままで、10数年、毎年何組かの「視察」を受け入れてきたが、「訪問のお礼」のメールを言ってきた関係者は一人もいない。
まして、視察のレポートを見たことは1度もない。
幻の視察レポートである。
もっとも、一般の目に入ると、「事実」と違う報告である事がばれるので「まずい」のであろう。
今年は、経済状態が厳しいと聞いている。
いったい何組の「視察団」が訪れるのだろう。
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長くなったので、続きはあした。
って、続くほどの話なのかなァ。

仕事の関係とは別に、工場を見にくる人達がいる。
仕事絡みであれば、受注に繋がるかもしれないと言う儚い希望に支えられて、お相手をさせて頂く。
日本人が来た時は無条件でかりだされる。
日本人とは言え、受注に結びつかない訪問者もいる。
一番多いのが、工業会と言う奴。
同業の大きな工業会から、各地方の町内会のようなグループまで、大小様々である。
それでも、同業であれば、話のついでに日本の状況などが聞けて面白い。
昨年、来たグループに、地方都市の「商工会」のグループと言うのがあった。
15人程のグループだそうだが、弊社に着たのは半分の8人。
どう見ても、工場見学ではない。
ゴルフとカラオケの間の時間潰しにしか見えない。
ここ数日で焼けたと思われる真赤な顔と、おでこから上の白さの対比が、物語っている。
金属加工と言って「板金屋」が一人、その他は酒屋だったりする。
いったいどんな奴が世話人なのだろうか。
同じ様なグループで、もっと始末が悪いのが、社長や会長が絡むお客。
社長や会長が日本に行った時、お世話になった人と言う関係。
来た方も、仕事に興味があるわけではない。
単に、「義理」である。
しかし、「ぞんざい」に扱う訳にはいかない。
こういう人たちは、通り一遍の説明ですむから、ウェルカムのコーヒーの後簡単に会社の説明。その後かけあしで、現場を案内。
会議室へ戻って、お絞りとコーラなどの冷たい飲み物を出して、お時間まで雑談となる。
夏休みになると、妙に生真面目な「学生」さんが訪れる事がある。
研究室の指導教授に引率されて、ノートを片手にやってくる。
彼らは清々しい程、熱心なふりをして話を聞いているが、かなり業種が違う。
訪問の目的が「海外でのたくっている、日本人の実態」の調査だったりする。
表向きは「海外企業で活躍する日本人技術者の.......」となっているが、実際は「海外でのたくっている.....」である。
一番困るのが、「お役人」とその「関係者」である。
いやゆる「視察」と言う奴である。
世話人と言う言いだしっぺがいて、役人と関係団体をくっつけて「視察」に来るパターンが多いようである。
来ると、偉そうに「訪問の目的」などを語るのが基本のパターンである。
目的の殆どは、訪問される側には関係の無い調査だったり、視察だったりする。
そのくせ態度は「来てやった」の態度なのである。
凄いのになると、視察が終わった後で書くはずの「レポート」までが既に準備されていて、レポートに基ずいて「視察」の予定が組まれ、こちらがどう答えようが関係なく、報告される物がある。
いままで、10数年、毎年何組かの「視察」を受け入れてきたが、「訪問のお礼」のメールを言ってきた関係者は一人もいない。
まして、視察のレポートを見たことは1度もない。
幻の視察レポートである。
もっとも、一般の目に入ると、「事実」と違う報告である事がばれるので「まずい」のであろう。
今年は、経済状態が厳しいと聞いている。
いったい何組の「視察団」が訪れるのだろう。
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長くなったので、続きはあした。
って、続くほどの話なのかなァ。
2009年01月19日
命の水
うわんです。

正月早々、青森の方で断水があったそうだ。
6日になってようやく復旧したとか。
タイで生活していると、停電は日常茶飯事、水道を捻ってもその水は飲まないのが常識。
バスや電車は遅れるのが普通。
BTS(高架鉄道)やMRT(地下鉄)には時刻表すらない。
小ネタで申し訳ないが、松も取れない3日に、交通事故を起こした人がいるらしい。
ニュースによると、原因は「断水」
ちょっと、想像して欲しい。
「断水」が原因の「交通事故」って繋がりますか?
では、タネ明かし。
知人の家で酒を飲んでいたが、断水で焼酎を割る水がなくなり、水道が出ないため、わき水をくみに行こうと思った。のだそうだ。
飲酒運転で、ガードレールにぶつかり、怪我をしたそうだ。
40歳、50歳を過ぎたおっさんの行動がこんなですから、日本って国は「素晴らしい」のかもしれないです。
水道を捻れば、水割りの水が出てくるのが、当たり前なのですね。
4日の日曜日に、MBKへ行きました。
お昼になったので、どこかで昼食をとろうと、入った中華料理店。
3階にある「上海 小籠包」と言う店。
美味しいとか何を食べたかは、今回は関係なし。
水を頼んだら、ガラスのビンに入った「飲料水」が出てきた。
写真を撮らなかったのだが、ビンには「CRYSTAL」のラベルがある。
ビンそのものは、ラーメン8番で店員が「つっけんどん」に出すビンに似ている。
違うのは、ビンのどこにも製造した会社の名前や住所が書いてない事、
どのテーブルにも、ビンの蓋が付いて来ない事。
水のお替りを頼んだら、店員がビンを引き上げ、新規のビン?にも蓋がなかった事。
が、気になった。
この店が水をインチキしていると言う意味ではない。
タイにいると、そんなチョッとした事でも、気にしなければならないと言う話である。
ひねると出てくるのが当たり前だと、飲酒運転の「原因」は「断水」と書いてしまう日本の新聞の感覚。
冗談にしては、あまり頂けないものだと思った。
そう言えば、私の父なぞは、水道の水を「鉄管ビール」とか呼んでいた。
戦争時代は英語が使えなかったから「ヒネルトジャー」と言っていたなどと、水道が英語なのかと信じてしまうような純粋な御幼少の私に嘘を教える父であった。
最近の出張者は、水についてどんな情報を与えられてくるのだろう?
昼食のレストランで出てくる水も信用しない、会議で出されるお茶やコーヒーも信用しない。
現地の人が大丈夫と言っても信用しない。
自分で調達してきたペットボトルの水を飲んでいる。
日本から大量の水を持ち込んだわけではないだろうから、ホテルの近所のコンビニで買ってきたのだろう。
それなら、「一緒」だと突っ込みたくなる。
タイ料理は危ないと言って、高級な日本料理屋で、生野菜とか刺身を食べている。
魚を切ったまな板や包丁、魚の内臓や血を洗った水は、「大丈夫だと思っているのですか?」と聞きたくなる。
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お腹を壊す本当の原因は、「水」ではなく、食事の後に見境なく飛びつく「水商売」の方ではないのか。
なにしろ、「お水」のオネーチャンたちは、タイのフツーの水を飲んでいるのである。

正月早々、青森の方で断水があったそうだ。
6日になってようやく復旧したとか。
タイで生活していると、停電は日常茶飯事、水道を捻ってもその水は飲まないのが常識。
バスや電車は遅れるのが普通。
BTS(高架鉄道)やMRT(地下鉄)には時刻表すらない。
小ネタで申し訳ないが、松も取れない3日に、交通事故を起こした人がいるらしい。
ニュースによると、原因は「断水」
ちょっと、想像して欲しい。
「断水」が原因の「交通事故」って繋がりますか?
では、タネ明かし。
知人の家で酒を飲んでいたが、断水で焼酎を割る水がなくなり、水道が出ないため、わき水をくみに行こうと思った。のだそうだ。
飲酒運転で、ガードレールにぶつかり、怪我をしたそうだ。
40歳、50歳を過ぎたおっさんの行動がこんなですから、日本って国は「素晴らしい」のかもしれないです。
水道を捻れば、水割りの水が出てくるのが、当たり前なのですね。
4日の日曜日に、MBKへ行きました。
お昼になったので、どこかで昼食をとろうと、入った中華料理店。
3階にある「上海 小籠包」と言う店。
美味しいとか何を食べたかは、今回は関係なし。
水を頼んだら、ガラスのビンに入った「飲料水」が出てきた。
写真を撮らなかったのだが、ビンには「CRYSTAL」のラベルがある。
ビンそのものは、ラーメン8番で店員が「つっけんどん」に出すビンに似ている。
違うのは、ビンのどこにも製造した会社の名前や住所が書いてない事、
どのテーブルにも、ビンの蓋が付いて来ない事。
水のお替りを頼んだら、店員がビンを引き上げ、新規のビン?にも蓋がなかった事。
が、気になった。
この店が水をインチキしていると言う意味ではない。
タイにいると、そんなチョッとした事でも、気にしなければならないと言う話である。
ひねると出てくるのが当たり前だと、飲酒運転の「原因」は「断水」と書いてしまう日本の新聞の感覚。
冗談にしては、あまり頂けないものだと思った。
そう言えば、私の父なぞは、水道の水を「鉄管ビール」とか呼んでいた。
戦争時代は英語が使えなかったから「ヒネルトジャー」と言っていたなどと、水道が英語なのかと信じてしまうような純粋な御幼少の私に嘘を教える父であった。
最近の出張者は、水についてどんな情報を与えられてくるのだろう?
昼食のレストランで出てくる水も信用しない、会議で出されるお茶やコーヒーも信用しない。
現地の人が大丈夫と言っても信用しない。
自分で調達してきたペットボトルの水を飲んでいる。
日本から大量の水を持ち込んだわけではないだろうから、ホテルの近所のコンビニで買ってきたのだろう。
それなら、「一緒」だと突っ込みたくなる。
タイ料理は危ないと言って、高級な日本料理屋で、生野菜とか刺身を食べている。
魚を切ったまな板や包丁、魚の内臓や血を洗った水は、「大丈夫だと思っているのですか?」と聞きたくなる。
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お腹を壊す本当の原因は、「水」ではなく、食事の後に見境なく飛びつく「水商売」の方ではないのか。
なにしろ、「お水」のオネーチャンたちは、タイのフツーの水を飲んでいるのである。
2009年01月17日
結婚披露宴
うわんです。

年明け早々に結婚式にご招待されたという話を書いた。
先日、行ってきました。
こちらの生活が長い人は、冠婚葬祭に呼ばれる機会も多いだろうし、自分がその主催者になる人もいる。
今回の結婚式は、バンコク市内で行われるホテルでの披露宴でかなり一般的と思われる内容であった。
会社のマネージャとか、作業者ではない、ちょうど中間の立場の人の披露宴であった。
日本ならば「礼服」着用である、「平服」でって書かれていても、それなりの格好で行く。
タイの場合は、
作業服でもOK.
ふつうのシャツ。 もちろんOK.
その辺のおっさんスタイルだってOK.である。
披露宴の場所はスクムビットの23。
そんな所にホテルなんかあったっけ?と言うご仁の方が多いかもしれない。
23と言えば「ソイ、カウボーイ」である。
今回は真面目な結婚披露宴なので、ソイ、カウボーイは関係ない。
また、新郎が壇上で踊っている新婦を見染めた場所と言う事でもない。
ホテルはパクソイのジャスミンホテルと言う所であった。
案内状には19時開始となっている。
今までの経験から、少し位遅れても全く問題無い事は知っているが、日本人の習性で、30分前には到着。
ロビーには、既に新郎新婦が到着しており、会場の外で、来客のグループと記念撮影をしている。

時間前に新郎新婦がいると言う経験はあまり経験がないので驚いた。
ロビーで待つ事しばし、何人かの知り合いが来たので、一緒に「記帳」。
入場料じゃなかった、お祝金を出す。
お祝い金は、結婚式の案内状が入っていたピンクの袋を使う。
受付の人は、入場料の納付を確認して「引き出物」をくれる。

ポプリのような物が1つである。
それから、新郎新婦と並んで記念撮影。
新郎新婦は招待した客が全員来るまで、ロビーに立って記念撮影をしていなければならない。
披露宴会場の入り口の近くには、新郎新婦が仲良く引っ付いた写真が大きなパネルになって飾ってある。
二人の新居の壁に飾られる事になるのだろう。
その前のテーブルには、デートの写真とか、結婚衣裳を着て、あちこちでポーズを取った写真がアルバムになって置いてある。

開演予定の7時になった。
会場に入ると、ピラピラのドレスを着た若い女性がVIP席に案内しようとするので、丁寧にご辞退申しあげ、一般の席に着く。

今回の形式は、ビュッフェスタイルのようである。
丸い中華テーブルに10席。その中華テーブルが20程セットされている。
ステージの前に、新郎新婦の会社関係のVIP席が2テーブル、御両親、親族用と思われるテーブルが2テーブル。
その他は自由席である。
7時に会場へ入ったが、VIP席の半分程、一般席にはちらほらとしか人がいない。
少し経つと、ギターとサックスを持った2人がステージにあがって「ブンチャカ、ブンチャカ」やりだした。
その2人の格好は、ホテルの入り口でセキュリティは何をチェックしていたのだと言いたくなるような格好。
食事前だから良いが、食事中なら「埃が立つから動くな!」と言いたくなる恰好である。
30分ほど、ブンチャカやっていたが、テーブルの半分程が埋まった時、いきなり「お食事タイム」になる。
行列を作り、お皿を片手にバットの中のお料理を覗く。
私が良く行く、アリストンホテルのビェッフェよりはかなり高級である。
鶏肉、豚肉、アヒル、牛肉などの肉類。
魚のフライ、タイ料理が数種類と野菜サラダ。
白いご飯とカオパット。
パンとスープが並んでいる。

別なテーブルには、果物とアイスクリーム。もちろんタイのデザートもある。
食事開始から約1時間。
料理を取り分ける人の姿の無くなった頃、新郎新婦の入場である。
「パパパパーン」と始まる日本では定番の結婚行進曲ではない曲(聞いた事はあるが名前はしらない)が流れて、入場。
ステージに2人が立つと、弊社の社長が挨拶、その後、新郎の勤める会社の社長が挨拶。
その後はお決まりの質問タイム。
どこが好きだの、どこで知り合ったのと言う、オジサンにはつまらない時間が過ぎる。
途中で、2度ほど、キッスをする場面があるが、お互いに「ホッペ」にチュッとする恥じらいのあるキッスであった。
そのインタビューも15分程で終了。
ケーキカットとなる。
ウエディングケーキの横に取り皿があるのが、とっても好感を持ってしまう。

ケーキの前にある3本のろうそくに火を灯し、ナイフと言うよりサーベルに近いのでは無いかという刀で、ケーキ入刀。
先ずはろうそくに点火。
次がケーキに入刀
入刀は1回ではなく、VIPテーブル用に4切れを切り出す。
そのケーキをテーブルに運んで、2人で挨拶。
写真撮影付きである。
その隙?にホテルの関係者がケーキを取り分ける。
各テーブルにケーキが1片。

1テーブルには10人いるから、1スプーンずつ食べる。
その内、新郎新婦がテーブルにやってきて、テーブル毎の記念撮影。
後は、もう、流れ解散である。
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遅れて来た人たち。
「渋滞で.....」
金曜日のアソーク交差点を甘く見てはいけない。
もっとも、客先で打ち合わせでも「渋滞で.....」が言い訳である。
今回の披露宴。アルコール一切無し。
ファンタのオレンジとペプシ、それと水だけであった。

年明け早々に結婚式にご招待されたという話を書いた。
先日、行ってきました。
こちらの生活が長い人は、冠婚葬祭に呼ばれる機会も多いだろうし、自分がその主催者になる人もいる。
今回の結婚式は、バンコク市内で行われるホテルでの披露宴でかなり一般的と思われる内容であった。
会社のマネージャとか、作業者ではない、ちょうど中間の立場の人の披露宴であった。
日本ならば「礼服」着用である、「平服」でって書かれていても、それなりの格好で行く。
タイの場合は、
作業服でもOK.
ふつうのシャツ。 もちろんOK.
その辺のおっさんスタイルだってOK.である。披露宴の場所はスクムビットの23。
そんな所にホテルなんかあったっけ?と言うご仁の方が多いかもしれない。
23と言えば「ソイ、カウボーイ」である。
今回は真面目な結婚披露宴なので、ソイ、カウボーイは関係ない。
また、新郎が壇上で踊っている新婦を見染めた場所と言う事でもない。
ホテルはパクソイのジャスミンホテルと言う所であった。
案内状には19時開始となっている。
今までの経験から、少し位遅れても全く問題無い事は知っているが、日本人の習性で、30分前には到着。
ロビーには、既に新郎新婦が到着しており、会場の外で、来客のグループと記念撮影をしている。

時間前に新郎新婦がいると言う経験はあまり経験がないので驚いた。
ロビーで待つ事しばし、何人かの知り合いが来たので、一緒に「記帳」。
入場料じゃなかった、お祝金を出す。
お祝い金は、結婚式の案内状が入っていたピンクの袋を使う。
受付の人は、入場料の納付を確認して「引き出物」をくれる。

ポプリのような物が1つである。
それから、新郎新婦と並んで記念撮影。
新郎新婦は招待した客が全員来るまで、ロビーに立って記念撮影をしていなければならない。
披露宴会場の入り口の近くには、新郎新婦が仲良く引っ付いた写真が大きなパネルになって飾ってある。
二人の新居の壁に飾られる事になるのだろう。
その前のテーブルには、デートの写真とか、結婚衣裳を着て、あちこちでポーズを取った写真がアルバムになって置いてある。

開演予定の7時になった。
会場に入ると、ピラピラのドレスを着た若い女性がVIP席に案内しようとするので、丁寧にご辞退申しあげ、一般の席に着く。

今回の形式は、ビュッフェスタイルのようである。
丸い中華テーブルに10席。その中華テーブルが20程セットされている。
ステージの前に、新郎新婦の会社関係のVIP席が2テーブル、御両親、親族用と思われるテーブルが2テーブル。
その他は自由席である。
7時に会場へ入ったが、VIP席の半分程、一般席にはちらほらとしか人がいない。
少し経つと、ギターとサックスを持った2人がステージにあがって「ブンチャカ、ブンチャカ」やりだした。
その2人の格好は、ホテルの入り口でセキュリティは何をチェックしていたのだと言いたくなるような格好。
食事前だから良いが、食事中なら「埃が立つから動くな!」と言いたくなる恰好である。
30分ほど、ブンチャカやっていたが、テーブルの半分程が埋まった時、いきなり「お食事タイム」になる。
行列を作り、お皿を片手にバットの中のお料理を覗く。
私が良く行く、アリストンホテルのビェッフェよりはかなり高級である。
鶏肉、豚肉、アヒル、牛肉などの肉類。
魚のフライ、タイ料理が数種類と野菜サラダ。
白いご飯とカオパット。
パンとスープが並んでいる。

別なテーブルには、果物とアイスクリーム。もちろんタイのデザートもある。
食事開始から約1時間。
料理を取り分ける人の姿の無くなった頃、新郎新婦の入場である。
「パパパパーン」と始まる日本では定番の結婚行進曲ではない曲(聞いた事はあるが名前はしらない)が流れて、入場。
ステージに2人が立つと、弊社の社長が挨拶、その後、新郎の勤める会社の社長が挨拶。
その後はお決まりの質問タイム。
どこが好きだの、どこで知り合ったのと言う、オジサンにはつまらない時間が過ぎる。
途中で、2度ほど、キッスをする場面があるが、お互いに「ホッペ」にチュッとする恥じらいのあるキッスであった。
そのインタビューも15分程で終了。
ケーキカットとなる。
ウエディングケーキの横に取り皿があるのが、とっても好感を持ってしまう。

ケーキの前にある3本のろうそくに火を灯し、ナイフと言うよりサーベルに近いのでは無いかという刀で、ケーキ入刀。
先ずはろうそくに点火。
次がケーキに入刀入刀は1回ではなく、VIPテーブル用に4切れを切り出す。
そのケーキをテーブルに運んで、2人で挨拶。
写真撮影付きである。
その隙?にホテルの関係者がケーキを取り分ける。
各テーブルにケーキが1片。

1テーブルには10人いるから、1スプーンずつ食べる。
その内、新郎新婦がテーブルにやってきて、テーブル毎の記念撮影。
後は、もう、流れ解散である。
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遅れて来た人たち。
「渋滞で.....」
金曜日のアソーク交差点を甘く見てはいけない。
もっとも、客先で打ち合わせでも「渋滞で.....」が言い訳である。
今回の披露宴。アルコール一切無し。
ファンタのオレンジとペプシ、それと水だけであった。
2009年01月16日
バタークリーム
うわんです。

どこか旅行に行ってお土産を買ってくる事がある。
ちょっと珍らしい物だと、「いくらだった?」と聞いてくる。
日本人の感覚からすると、貰い物やお土産の値段を聞くのは失礼なはずである。
まして、くれた本人に直接聞くのは、物凄く失礼のような気がする。
「失礼」と言い切れないのは、日本人で有るからこそ、「頂いた物」に見合ったお返しを考えるからである。
それに、タイ人に囲まれて生活していると、そういう失礼な事が「平気」になってしまうのである。
年が改まり、新年の挨拶をしながら仕事の打ち合わせをする。
日本人との打ち合わせでは、「昨年」のお世話のお礼を言い、今年の「よろしく」をお願いして、仕事の話になる。
暮れに「食事」でもしていたら、そのお礼も忘れてはいけない。
食事などが、昨年の暮でなくても、食事のあと初めてあったなら、数カ月まえでも「お礼」を言わなければならない。
「先日は大変御馳走になりまして......」と言わなければならない。
それが、「カオパッドのカイダオ乗せ」であっても、である。
そんな日本人の習慣に対し、ゴチになったらそれっきりのタイの習慣である。
決して、ゴチになったのを忘れているのではない。
ただ、後でお礼を言う習慣がないだけである。
これを勘違いすると、タイ人から「ケチ」と悪口を言われる事になる。
タイ人同士は、結構マメに色々プレゼントをしあっているようである。
帰省したときとか、誕生日、どこかの市場で安く買った時、庭の果物が採れた時など、そんなに気負らないで、プレゼントをするようである。
仕事はじめの日、帰省した人はそのお土産を持ってくる。
マネージャーなどは、ケーキを買って来る者もいる。
私の席がある部屋。
設計室兼現場事務所である。
住人は総勢16人。
今回のお休みは、休出があったため、帰省した者は少なかったようで、田舎のお土産は4~5種類ほどである。
タイのお土産は、全国各地、統一されているのではないかと思うほど似た物が多い。
それと、「長期保存ができる」と書いてあるものが多い。
タイに長い人は、パッケージに書いてある賞味期限を見る事はあっても、「信用」する人はいないだろう。
今年は、ケーキが集まった。
誕生日の者が大きいのを1個。
S&Pの原色のディズニーケーキが1個。
ケーキの上が海になっていてヨットが浮かんでいるのが1個。
どう見てもクリスマスケーキなのが1個。
である。
どのケーキもバタークリームケーキである。
誕生日とクリスマスの奴には、ココナッツの白い紐状の実が見える。
後の2つは、とても綺麗であるが、「有毒色素.....」と言う言葉を思い出してしまう。
私は、この部屋で一番の年寄りである。
そして、運の悪い事に、責任者でもある。
この素晴らしいケーキを切り分けるとき、その最初の一切れが、まわって来るのである。
ピンクのバタークリームのバラの花だとか、白い半端に甘い固いヨットとかもついてくるのである。
ケーキを持って来たスタッフが、皿を持ってくる。
こんな状況で、「いらん!」と言うほど、人間が捻ていない。
顔をひきつらせながら、「ありがとう」と言うしかないのである。
最近は、タイ人でも生クリームのケーキを知っている。
だから、バタークリームの受けは芳しくない。
タイ人同士の会話を聞いていると、驚きの会話が交わされている。
「いらない」
「おいしくないから」
「好きじゃない」
って。
買ってきてくれた人に対する会話じゃないだろう!って思うのが、日本人。
貰ったお土産の値段を聞けるようになれば、こんな会話は平気である。
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私は、まだ、日本人としての「礼儀作法」をかろうじて維持している。
と思っている。
って事を平気で言えるようならば、かなりタイ化が進んでいる。

どこか旅行に行ってお土産を買ってくる事がある。
ちょっと珍らしい物だと、「いくらだった?」と聞いてくる。
日本人の感覚からすると、貰い物やお土産の値段を聞くのは失礼なはずである。
まして、くれた本人に直接聞くのは、物凄く失礼のような気がする。
「失礼」と言い切れないのは、日本人で有るからこそ、「頂いた物」に見合ったお返しを考えるからである。
それに、タイ人に囲まれて生活していると、そういう失礼な事が「平気」になってしまうのである。
年が改まり、新年の挨拶をしながら仕事の打ち合わせをする。
日本人との打ち合わせでは、「昨年」のお世話のお礼を言い、今年の「よろしく」をお願いして、仕事の話になる。
暮れに「食事」でもしていたら、そのお礼も忘れてはいけない。
食事などが、昨年の暮でなくても、食事のあと初めてあったなら、数カ月まえでも「お礼」を言わなければならない。
「先日は大変御馳走になりまして......」と言わなければならない。
それが、「カオパッドのカイダオ乗せ」であっても、である。
そんな日本人の習慣に対し、ゴチになったらそれっきりのタイの習慣である。
決して、ゴチになったのを忘れているのではない。
ただ、後でお礼を言う習慣がないだけである。
これを勘違いすると、タイ人から「ケチ」と悪口を言われる事になる。
タイ人同士は、結構マメに色々プレゼントをしあっているようである。
帰省したときとか、誕生日、どこかの市場で安く買った時、庭の果物が採れた時など、そんなに気負らないで、プレゼントをするようである。
仕事はじめの日、帰省した人はそのお土産を持ってくる。
マネージャーなどは、ケーキを買って来る者もいる。
私の席がある部屋。
設計室兼現場事務所である。
住人は総勢16人。
今回のお休みは、休出があったため、帰省した者は少なかったようで、田舎のお土産は4~5種類ほどである。
タイのお土産は、全国各地、統一されているのではないかと思うほど似た物が多い。
それと、「長期保存ができる」と書いてあるものが多い。
タイに長い人は、パッケージに書いてある賞味期限を見る事はあっても、「信用」する人はいないだろう。
今年は、ケーキが集まった。
誕生日の者が大きいのを1個。
S&Pの原色のディズニーケーキが1個。
ケーキの上が海になっていてヨットが浮かんでいるのが1個。
どう見てもクリスマスケーキなのが1個。
である。
どのケーキもバタークリームケーキである。
誕生日とクリスマスの奴には、ココナッツの白い紐状の実が見える。
後の2つは、とても綺麗であるが、「有毒色素.....」と言う言葉を思い出してしまう。
私は、この部屋で一番の年寄りである。
そして、運の悪い事に、責任者でもある。
この素晴らしいケーキを切り分けるとき、その最初の一切れが、まわって来るのである。
ピンクのバタークリームのバラの花だとか、白い半端に甘い固いヨットとかもついてくるのである。
ケーキを持って来たスタッフが、皿を持ってくる。
こんな状況で、「いらん!」と言うほど、人間が捻ていない。
顔をひきつらせながら、「ありがとう」と言うしかないのである。
最近は、タイ人でも生クリームのケーキを知っている。
だから、バタークリームの受けは芳しくない。
タイ人同士の会話を聞いていると、驚きの会話が交わされている。
「いらない」
「おいしくないから」
「好きじゃない」
って。
買ってきてくれた人に対する会話じゃないだろう!って思うのが、日本人。
貰ったお土産の値段を聞けるようになれば、こんな会話は平気である。
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私は、まだ、日本人としての「礼儀作法」をかろうじて維持している。
と思っている。
って事を平気で言えるようならば、かなりタイ化が進んでいる。
2009年01月15日
クローン
うわんです。

十数年前に死んだ牛の細胞を使って、クローンの牛を作ったのだそうだ。
冷凍した精子を使ってメスを妊娠させて質の良い牛肉を作る研究はかなり前に実用化しているらしい。
精子は冷凍で保存できるが、卵子の冷凍は難しいのであろう。
両方の保存ができるのなら、ムキになってクローンを作る事はない。
小耳にはさんだ「いい加減情報」によると、日本の銘柄牛というのは、牛の種類も大切だが、その育て方にノウハウがあるのだとか。
TVで見る限りでは、ビールを飲ませたり、温泉に入れたりと大変な様子である。
と、言う事は、十数年前に死んだ「良い肉質」の牛は、遺伝的な要素と飼育環境の複合的な技術の産物とも言える。
と言う事は、100%全く同じ遺伝子を持っていると言っても、必ず良い牛肉になると言う保障ではないと言う事である。
まだ、日本では、「クローン」の食品としての安全性について承認していないらしい。
牛同士の正しいセックスで生まれた牛なのか、クローンで生まれた牛なのかを生産者が黙っていれば、絶対にわからないのではないかと思う。
今だって、「牛同士の純愛で結ばれた牛夫婦の子牛」なんてものはいないだろう。
冷凍された見た事もない「雄牛」の精子を、むりやり注入して妊娠させているのが、殆どだろう。
注入する物が、冷凍精子か改造受精卵かの違いである。
男としては、何だか味けない。
繁殖行動か趣味の行動かによらず、一連の正規の手順を踏んで「放出」したいものである。
「遺伝子を組み換え」と言うのも、最近よく聞くようになった。
稲や麦やとうもろこしの収穫量を増やしたり、病気や害虫の被害を防いだりするために、知らない所をコチョコチョいじっているようである。
これを、動物でもやろうと言うのである。
食品の安全性については、承認されたわけではないが、「しょうがない」ので黙認しているのだろう。
花粉とかを使って、百姓が長い時間をかけたものが「品種改良」で、科学者が短時間で研究したものが「遺伝子組み換え」と言う認識で合っているだろうか。
要は、農林水産省の範疇ならば認めるが、文部科学省なら「ダメ」と言う事である。
問題が起きたら「なんにもしない厚生省」がウロウロするだけである。
「エ~ッ そんな事はない」と思ってはいけない。
クローンと言うと科学っぽくて、大学の教授が白衣を着て登場しそうである。
植物で、クローンと言ったら「接ぎ木」や「挿し木」である。
農家の親父が野良着で、柿やリンゴを接ぎ木している様子が目に浮かぶではないか。
あれだって、親木の細胞の一部を使って、全く同じ性質の植物を増やす「確立されたクローン技術」である。
きっと、「クローン柿」とか「クローン梨」とか「クローンリンゴ」と言ってスーパーに並べたら、「賢い消費者」は手を出さないだろう。
最近、出回っている新品種の大粒の甘いイチゴを「遺伝子組み換えイチゴ」としたら、誰も買わないだろう。
私たちの認識とは、所詮その程度なのである。
さて、クローン牛を作るためには、元になる牛の細胞が必要であるらしい。
どんな「うし」がクローンの素材となるのだろうか?
「美味しい牛」である。
近所のスーパーでも、欧米やオーストラリアの牛とは別に「日本式」の牛肉が売られている。
アメリカやオーストラリアの「日本式」の牛である。
神戸牛よりは、はるかに安いか、普通の牛肉よりは結構高いもである。
牛肉が美味しいかどうかは食べてみなければわからない。
「クローン」技術が進めば、ステーキは基本的にレアで提供され、1口食べて「美味しい」となれば、中央の血がしたたっている部分を1片切り取って、クローンの種にする。
それから、もう一度ミディアムに焼き直して食べる事になるかもしれない。
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すき焼き用は難しいかもしれない。
クローン用の肉に既に味が付いているのである。
これで、クローンを作ったら、割り下味のスリムな牛ができるかもしれない。
関東用と関西用の2種類ができるだろう。

十数年前に死んだ牛の細胞を使って、クローンの牛を作ったのだそうだ。
冷凍した精子を使ってメスを妊娠させて質の良い牛肉を作る研究はかなり前に実用化しているらしい。
精子は冷凍で保存できるが、卵子の冷凍は難しいのであろう。
両方の保存ができるのなら、ムキになってクローンを作る事はない。
小耳にはさんだ「いい加減情報」によると、日本の銘柄牛というのは、牛の種類も大切だが、その育て方にノウハウがあるのだとか。
TVで見る限りでは、ビールを飲ませたり、温泉に入れたりと大変な様子である。
と、言う事は、十数年前に死んだ「良い肉質」の牛は、遺伝的な要素と飼育環境の複合的な技術の産物とも言える。
と言う事は、100%全く同じ遺伝子を持っていると言っても、必ず良い牛肉になると言う保障ではないと言う事である。
まだ、日本では、「クローン」の食品としての安全性について承認していないらしい。
牛同士の正しいセックスで生まれた牛なのか、クローンで生まれた牛なのかを生産者が黙っていれば、絶対にわからないのではないかと思う。
今だって、「牛同士の純愛で結ばれた牛夫婦の子牛」なんてものはいないだろう。
冷凍された見た事もない「雄牛」の精子を、むりやり注入して妊娠させているのが、殆どだろう。
注入する物が、冷凍精子か改造受精卵かの違いである。
男としては、何だか味けない。
繁殖行動か趣味の行動かによらず、一連の正規の手順を踏んで「放出」したいものである。
「遺伝子を組み換え」と言うのも、最近よく聞くようになった。
稲や麦やとうもろこしの収穫量を増やしたり、病気や害虫の被害を防いだりするために、知らない所をコチョコチョいじっているようである。
これを、動物でもやろうと言うのである。
食品の安全性については、承認されたわけではないが、「しょうがない」ので黙認しているのだろう。
花粉とかを使って、百姓が長い時間をかけたものが「品種改良」で、科学者が短時間で研究したものが「遺伝子組み換え」と言う認識で合っているだろうか。
要は、農林水産省の範疇ならば認めるが、文部科学省なら「ダメ」と言う事である。
問題が起きたら「なんにもしない厚生省」がウロウロするだけである。
「エ~ッ そんな事はない」と思ってはいけない。
クローンと言うと科学っぽくて、大学の教授が白衣を着て登場しそうである。
植物で、クローンと言ったら「接ぎ木」や「挿し木」である。
農家の親父が野良着で、柿やリンゴを接ぎ木している様子が目に浮かぶではないか。
あれだって、親木の細胞の一部を使って、全く同じ性質の植物を増やす「確立されたクローン技術」である。
きっと、「クローン柿」とか「クローン梨」とか「クローンリンゴ」と言ってスーパーに並べたら、「賢い消費者」は手を出さないだろう。
最近、出回っている新品種の大粒の甘いイチゴを「遺伝子組み換えイチゴ」としたら、誰も買わないだろう。
私たちの認識とは、所詮その程度なのである。
さて、クローン牛を作るためには、元になる牛の細胞が必要であるらしい。
どんな「うし」がクローンの素材となるのだろうか?
「美味しい牛」である。
近所のスーパーでも、欧米やオーストラリアの牛とは別に「日本式」の牛肉が売られている。
アメリカやオーストラリアの「日本式」の牛である。
神戸牛よりは、はるかに安いか、普通の牛肉よりは結構高いもである。
牛肉が美味しいかどうかは食べてみなければわからない。
「クローン」技術が進めば、ステーキは基本的にレアで提供され、1口食べて「美味しい」となれば、中央の血がしたたっている部分を1片切り取って、クローンの種にする。
それから、もう一度ミディアムに焼き直して食べる事になるかもしれない。
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すき焼き用は難しいかもしれない。
クローン用の肉に既に味が付いているのである。
これで、クローンを作ったら、割り下味のスリムな牛ができるかもしれない。
関東用と関西用の2種類ができるだろう。
2009年01月14日
でものはれもの
うわんです。

おしりの「おでき」と言うのは、どうして避けようのない位置にできるのだろうか?
イスに座っても、車のシートでも、トイレの便座でも、どこでどんな座り方をしても「当たる」位置にできる。
人間工学的に計算されつくされ、一番「イヤなところ」にできるのだろうか。
若い頃、ニキビと言う物が「顔」に出た事は少なかった。
そういう点では、羨ましがられたが、実際には「背中」にできた。
勤め初めて直ぐの頃、鼻の下にできて、ひげ剃りの時に切ってしまった。
「ニキビが.....」と言うと、「20歳を過ぎたら、「フキデモノ」と言う」と教えられた。
今、ときどきできるのは、「フキデモノ」なのだろう。
出物腫れ物所嫌わず(でものはれものところきらわず)と、言う言葉がある。
金言でもないし、格言でもない。川柳や狂歌とも呼べない。
ことわざでもなかろう。
分類しにくい言葉である。
意味としては「おならやできものは、時や場所に関係なく出るということ。また、いつどこで産気づくかわからないというときにも用いられることもある。」
と、言う事である。
腫れ物の方は良い薬があるから、大過なく生活しているが、困るのは「でもの」のほうである。
実に、よくでる。
回数と言い、音色といい、芳香といい、なにひとつ申し分の無い「でもの」である。
もしかすると、私の前世は「東京ガス」だったのではないかと思うほどである。
歳をとると、出やすくなるのであろうか?
タイ料理で不慮の事故に遭い、超特急の「ピー」の次の日は、あまりでない。
ダイエットのために、雑穀、いわゆる食物繊維の多いものを摂ると回数は増えるようである。
これらの条件は経験による推測である。
この事から、導きだされる結論として、
私くらいの年齢になったら、健康やダイエットのため、食物繊維を多く摂り、味付けとしてソムタムに使われる「プーケム」を用いれば、適当に「ゲリピー」となり、ガス対策とダイエット効果の両方が可能である。
と、言うことになる。
試してみる価値はあるだろうか?
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歳を取ると、感覚が鈍くなるのは確かなようである。
したがって、判断も鈍くなる。その結果、さまざまな弊害がでる。
固体と気体の判別も難しくなる。
また、無音と有音の判断ミスも多くなる。
でかかった物を中断し、安全確認のためにトイレに行く道のりの読み違いも、悲劇の原因となる。

おしりの「おでき」と言うのは、どうして避けようのない位置にできるのだろうか?
イスに座っても、車のシートでも、トイレの便座でも、どこでどんな座り方をしても「当たる」位置にできる。
人間工学的に計算されつくされ、一番「イヤなところ」にできるのだろうか。
若い頃、ニキビと言う物が「顔」に出た事は少なかった。
そういう点では、羨ましがられたが、実際には「背中」にできた。
勤め初めて直ぐの頃、鼻の下にできて、ひげ剃りの時に切ってしまった。
「ニキビが.....」と言うと、「20歳を過ぎたら、「フキデモノ」と言う」と教えられた。
今、ときどきできるのは、「フキデモノ」なのだろう。
出物腫れ物所嫌わず(でものはれものところきらわず)と、言う言葉がある。
金言でもないし、格言でもない。川柳や狂歌とも呼べない。
ことわざでもなかろう。
分類しにくい言葉である。
意味としては「おならやできものは、時や場所に関係なく出るということ。また、いつどこで産気づくかわからないというときにも用いられることもある。」
と、言う事である。
腫れ物の方は良い薬があるから、大過なく生活しているが、困るのは「でもの」のほうである。
実に、よくでる。
回数と言い、音色といい、芳香といい、なにひとつ申し分の無い「でもの」である。
もしかすると、私の前世は「東京ガス」だったのではないかと思うほどである。
歳をとると、出やすくなるのであろうか?
タイ料理で不慮の事故に遭い、超特急の「ピー」の次の日は、あまりでない。
ダイエットのために、雑穀、いわゆる食物繊維の多いものを摂ると回数は増えるようである。
これらの条件は経験による推測である。
この事から、導きだされる結論として、
私くらいの年齢になったら、健康やダイエットのため、食物繊維を多く摂り、味付けとしてソムタムに使われる「プーケム」を用いれば、適当に「ゲリピー」となり、ガス対策とダイエット効果の両方が可能である。
と、言うことになる。
試してみる価値はあるだろうか?
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歳を取ると、感覚が鈍くなるのは確かなようである。
したがって、判断も鈍くなる。その結果、さまざまな弊害がでる。
固体と気体の判別も難しくなる。
また、無音と有音の判断ミスも多くなる。
でかかった物を中断し、安全確認のためにトイレに行く道のりの読み違いも、悲劇の原因となる。
2009年01月13日
塩ミルクラーメン
うわんです。

学生時代、あまりお金が無かった時、インスタントラーメンをよく食べた。
最近、TVを見ていたら若いお笑い芸人が、インスタントラーメンを牛乳で作っていた。
懐かしい思い出のラーメンであった。
「出前一丁の塩ラーメン」を牛乳で作るのである。
全然、工夫も何もないラーメンであるが、お金の無かった学生時代には、妙に豪勢に感じたラーメンである。
これに、御飯を添えて、立派な一品だったのだ。
で、それに刺激されてしばらくぶりにラーメンを作ろうと思い立った。
麺から手作りは「無理」。
生麺を購入。

出汁は、台所にあった色々な出汁をかき集めた。
クノールのチキンスープの素
ポーク、椎茸のスープの素。
日本から持って来ていた昆布茶。
味噌汁に使う、本だし。
韓国製の貝のだし。
オールスターの競演である。
水少なめで、だし各1回分を入れて溶かす。
塩味、濃厚。

これに牛乳を加えてラーメンのスープにする。
缶詰のコーンを加えて、味的には塩コーンのミルク味。
麺を茹で、器に盛り付ける。

スープはこんな感じ。

で、いただきま~す。

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写真のラーメンには、バターを載せていません。
もし、自分で作る時は、バターを一片加えると、かなり良くなる....ハズ。

学生時代、あまりお金が無かった時、インスタントラーメンをよく食べた。
最近、TVを見ていたら若いお笑い芸人が、インスタントラーメンを牛乳で作っていた。
懐かしい思い出のラーメンであった。
「出前一丁の塩ラーメン」を牛乳で作るのである。
全然、工夫も何もないラーメンであるが、お金の無かった学生時代には、妙に豪勢に感じたラーメンである。
これに、御飯を添えて、立派な一品だったのだ。
で、それに刺激されてしばらくぶりにラーメンを作ろうと思い立った。
麺から手作りは「無理」。
生麺を購入。

出汁は、台所にあった色々な出汁をかき集めた。
クノールのチキンスープの素
ポーク、椎茸のスープの素。
日本から持って来ていた昆布茶。
味噌汁に使う、本だし。
韓国製の貝のだし。
オールスターの競演である。
水少なめで、だし各1回分を入れて溶かす。
塩味、濃厚。

これに牛乳を加えてラーメンのスープにする。
缶詰のコーンを加えて、味的には塩コーンのミルク味。
麺を茹で、器に盛り付ける。

スープはこんな感じ。

で、いただきま~す。

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写真のラーメンには、バターを載せていません。
もし、自分で作る時は、バターを一片加えると、かなり良くなる....ハズ。
2009年01月12日
かりんとう
うわんです。

突然ではあるが、「かりんとう」が好きである。
「ハァ~?」と思うかもしれないが、「好き」なのである。
最近、あまりみかけなくなったお菓子でもある。
去年、日本に行った時、スーパーのお菓子売り場を探してみたが、茶色っぽい生地にザラメをかけたタイプのかりんとうしかなかった。
ああいう不格好なお菓子は流行りでは無いのかもしれない。
昨年の暮、フジスーパーのお菓子売り場に「かりんとう」を見つけた。
家内の冷たい視線を感じながら、カゴに1袋放り込んだ。
アパートに戻り、ワクワクしながら、袋を開けた。
たっぶり黒蜜がかかった、かりんとうではあったが、太さは私の親指ほどもあり、長さもそんな感じだった。
かりんとうと言うお菓子は、小麦粉に砂糖か水飴、膨張剤を加えてこね適当な大きさの棒状にして油で揚げて、黒砂糖をかけた物である。
適当な太さとは、子供の小指ほどの太さであろうか。
膨張剤が入っているので、かりんとうの本体は穴だらけではあるが、しっかり揚がっているために、構造的には強固になっている。
しかし、煎餅のように緻密な気泡ではないため、一度崩壊すると、サクサクとなる。
これが、特徴である。
かりんとうを1本もって、歯に当てると、外側の黒砂糖の部分にスッと歯が入る。
実際には黒砂糖の厚みは1mmもない。
そんな薄い膜でも、黒砂糖は黒砂糖なりの抵抗を歯にあたえながら、それでも素直に本体まで行く事ができる。
そんな一瞬を感じながら、本体に歯が当たると、こんどはかなり頑強な抵抗にあう。
歯にグッグッと力を入れると、ミキミキときしみながら、歯の侵入を拒んでいる。
この時、先ほどの細かく散った黒砂糖の甘さが舌の上に広がるのである。
そして、本体のきしみにあわせて、黒砂糖の表面の新たに出来た細かいヒビが砕けて、口の中にその甘さを伝えていく。
やがて、頑強に抵抗していた、かりんとうの本体はザクッと崩れ、口のなかで、ザクザクからサクサクへと変貌する。
そこに、黒砂糖が砕けながら、まとわりつくのである。
これが、かりんとうの楽しさである。
それが、親指の太さのかりんとうである。
歯応えの過程がことごとく違うのである。
かりんとうから、「歯応え」の楽しさを取ったら何がのこるのだろう?
最近は、固いものが敬遠されていると聞く。
それに対抗して、根性のあるかりんとうを作る心意気は「良し」とすべきなのかも知れない。
だか、大の大人が、2度3度と噛み直さなければならないとは、「お菓子」の常識を逸脱しているとは思わないか。
昔の、細いかりんとうを思い出して欲しい。
袋に入った「かりんとう」に秩序があっただろうか。
素直にまっすぐなものは1つとしてなかった。
それぞれが、「個」を主張し、好き勝手に曲がり、捻り、途中で膨らんだりしていた。
黒砂糖という同じ味付けなのに、好き勝手に曲がったかりんとうは、それぞれが独自の味をだしていたとは思いませんか?
同じ長さでも、太さが4倍もあると、かりんとうが好き勝手に曲がったり捻ったり出来ないようで、袋の中のメタボなかりんとうは、比較的同じ形をしている。
親指ほどのかりんとうは、どこからどう見ても、「犬の糞」である。
違うと分かっているのに、食べる前に匂いを嗅いでしまう「悲しい」かりんとうである。
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かりんとうって「深川」名物だったんですって。
どんくさい奴だと思っていたのですが、「江戸っ子」だったんですネ。

突然ではあるが、「かりんとう」が好きである。
「ハァ~?」と思うかもしれないが、「好き」なのである。
最近、あまりみかけなくなったお菓子でもある。
去年、日本に行った時、スーパーのお菓子売り場を探してみたが、茶色っぽい生地にザラメをかけたタイプのかりんとうしかなかった。
ああいう不格好なお菓子は流行りでは無いのかもしれない。
昨年の暮、フジスーパーのお菓子売り場に「かりんとう」を見つけた。
家内の冷たい視線を感じながら、カゴに1袋放り込んだ。
アパートに戻り、ワクワクしながら、袋を開けた。
たっぶり黒蜜がかかった、かりんとうではあったが、太さは私の親指ほどもあり、長さもそんな感じだった。
かりんとうと言うお菓子は、小麦粉に砂糖か水飴、膨張剤を加えてこね適当な大きさの棒状にして油で揚げて、黒砂糖をかけた物である。
適当な太さとは、子供の小指ほどの太さであろうか。
膨張剤が入っているので、かりんとうの本体は穴だらけではあるが、しっかり揚がっているために、構造的には強固になっている。
しかし、煎餅のように緻密な気泡ではないため、一度崩壊すると、サクサクとなる。
これが、特徴である。
かりんとうを1本もって、歯に当てると、外側の黒砂糖の部分にスッと歯が入る。
実際には黒砂糖の厚みは1mmもない。
そんな薄い膜でも、黒砂糖は黒砂糖なりの抵抗を歯にあたえながら、それでも素直に本体まで行く事ができる。
そんな一瞬を感じながら、本体に歯が当たると、こんどはかなり頑強な抵抗にあう。
歯にグッグッと力を入れると、ミキミキときしみながら、歯の侵入を拒んでいる。
この時、先ほどの細かく散った黒砂糖の甘さが舌の上に広がるのである。
そして、本体のきしみにあわせて、黒砂糖の表面の新たに出来た細かいヒビが砕けて、口の中にその甘さを伝えていく。
やがて、頑強に抵抗していた、かりんとうの本体はザクッと崩れ、口のなかで、ザクザクからサクサクへと変貌する。
そこに、黒砂糖が砕けながら、まとわりつくのである。
これが、かりんとうの楽しさである。
それが、親指の太さのかりんとうである。
歯応えの過程がことごとく違うのである。
かりんとうから、「歯応え」の楽しさを取ったら何がのこるのだろう?
最近は、固いものが敬遠されていると聞く。
それに対抗して、根性のあるかりんとうを作る心意気は「良し」とすべきなのかも知れない。
だか、大の大人が、2度3度と噛み直さなければならないとは、「お菓子」の常識を逸脱しているとは思わないか。
昔の、細いかりんとうを思い出して欲しい。
袋に入った「かりんとう」に秩序があっただろうか。
素直にまっすぐなものは1つとしてなかった。
それぞれが、「個」を主張し、好き勝手に曲がり、捻り、途中で膨らんだりしていた。
黒砂糖という同じ味付けなのに、好き勝手に曲がったかりんとうは、それぞれが独自の味をだしていたとは思いませんか?
同じ長さでも、太さが4倍もあると、かりんとうが好き勝手に曲がったり捻ったり出来ないようで、袋の中のメタボなかりんとうは、比較的同じ形をしている。
親指ほどのかりんとうは、どこからどう見ても、「犬の糞」である。
違うと分かっているのに、食べる前に匂いを嗅いでしまう「悲しい」かりんとうである。
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かりんとうって「深川」名物だったんですって。
どんくさい奴だと思っていたのですが、「江戸っ子」だったんですネ。
2009年01月10日
リゾットとラクレット
うわんです。

先月30日は、奥さんの誕生日。
その前にあったオフ会に刺激されて、我が家でもラクレットをしようと言うことになった。
更に「メイン」としてチーズ繋がりで、リゾットを作ろうかと言う事になった。
で、 魚貝類のリゾットを作る事に......
先ず、材料は
これに「アサリの剥き身」
あさりの剥き身は軽くあらって茹でる。
後から火を通すのだが、こうすると、とっても良い「だし」が取れる。

アサリの身と汁をわわける。
さらに、エビを身と頭に分け、頭の方を、アサりの汁に加えて煮る。
魚貝の濃厚な「だし」となる。

イカは内臓を取り、皮を剥いで輪切りにする。
エビは殻を剥く。あさりはそのまま、オリーブオイルで炒め塩胡椒する。

別な鍋にオリーブオイルとバターをいれ、潰しニンニクを炒めてから玉ねぎを色よく炒める。

これに、米(研がない)を入れて炒める。
透明感が出てきたら、先ほどのアサリとエビの汁を入れ、お粥状になるまで焦げないように混ぜる。
適当な所で、牛乳を加える。
結構、根気が要る
別に炒めた具を加えて炒める。

モッツァレラとチェダーチーズを加え「とろみ」をつけて出来上がり。

私の大好物ではあるが、最近は「超ハイカロリー」なので、自分はほんの少ししか食べない。
私にとっては「ボランティア」料理である。
そして、ラクレット。
我が家のラクレット料理用のホットプレートは、チーズを溶かす入れ物が8個あり、スイス料理屋のそれより倍くらい大きい。
ラクレットのホットプレート
これに、野菜などを載せる。

中々きれいでしょ。
このホットプレートなかなか出番が無くて可愛そうである。
うちでやって見たいと言う人は、申し出て欲しい。
貸し出しでもしないと「道具」としてかわいそうな気がする。
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チーズは色々好みはあるだろうが、私は、チェダーチーズとモッツァレラチーズを合わせた物がスキである。

先月30日は、奥さんの誕生日。
その前にあったオフ会に刺激されて、我が家でもラクレットをしようと言うことになった。
更に「メイン」としてチーズ繋がりで、リゾットを作ろうかと言う事になった。
で、 魚貝類のリゾットを作る事に......
先ず、材料は
これに「アサリの剥き身」あさりの剥き身は軽くあらって茹でる。
後から火を通すのだが、こうすると、とっても良い「だし」が取れる。

アサリの身と汁をわわける。
さらに、エビを身と頭に分け、頭の方を、アサりの汁に加えて煮る。
魚貝の濃厚な「だし」となる。

イカは内臓を取り、皮を剥いで輪切りにする。
エビは殻を剥く。あさりはそのまま、オリーブオイルで炒め塩胡椒する。

別な鍋にオリーブオイルとバターをいれ、潰しニンニクを炒めてから玉ねぎを色よく炒める。

これに、米(研がない)を入れて炒める。
透明感が出てきたら、先ほどのアサリとエビの汁を入れ、お粥状になるまで焦げないように混ぜる。
適当な所で、牛乳を加える。
結構、根気が要る別に炒めた具を加えて炒める。

モッツァレラとチェダーチーズを加え「とろみ」をつけて出来上がり。

私の大好物ではあるが、最近は「超ハイカロリー」なので、自分はほんの少ししか食べない。
私にとっては「ボランティア」料理である。
そして、ラクレット。
我が家のラクレット料理用のホットプレートは、チーズを溶かす入れ物が8個あり、スイス料理屋のそれより倍くらい大きい。
ラクレットのホットプレートこれに、野菜などを載せる。

中々きれいでしょ。
このホットプレートなかなか出番が無くて可愛そうである。
うちでやって見たいと言う人は、申し出て欲しい。
貸し出しでもしないと「道具」としてかわいそうな気がする。
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チーズは色々好みはあるだろうが、私は、チェダーチーズとモッツァレラチーズを合わせた物がスキである。
2009年01月09日
頭のてっぺんに....
うわんです。

Yam Saapと言うタイ料理屋を知っているだろうか?
最近、カフーやロータス、ビックCなどにも出店しているようである。
店のマークは黄色い「ニコちゃん」マークである。
店の名前の通り、ヤムの店である。
もちろん、カオバッドなどもあるにはあるが、余り期待しない方が良いであろう。
私は、ラマ4のカフーと、CWPのヤムサープで時々食事をする。
写真は、写りが悪くて申し訳けないが、Yam Saapブランド?の水である。

もうひとつの写真は、テーブルにあるティシューBoxである。

どちらも、ニコちゃんマークが書いてある。
さて、話は変わるが、先日、家内が美容院へ行った。
髪を短くすると言う。
若い頃は長い黒髪も良かったが、年相応に白髪も出てくると、短くした方が見た目は良い。
半端に長い白髪混じりだと、メイドのようである。
その家内が、髪を染めた。
若々しくなって中々良い。
美容院が終わる時間に見当をつけて、エンポリで待ち合わせ。
時間になっても、終わらないようである。
後で聞くと、「髪が太くて、たくさんあるから、染めるのに時間がかかった」のだそうだ。
このように、「たくさん」ある人は、興味がないだろうが、私のように「心細く」なっている人は敏感に反応する物がある。
お化けのQ太郎。サザエさんの波平さんと言えばわかるかもしれない。
Q太郎は3本である。
波平さんは1本、波平さんのお兄さん?は2本だったかな。
で、Yam Saap。
ニコちゃんマークにポヤポヤと毛が生えている。
ものすごく見にくいが、水の容器とティシューの容器のニコちゃんマークでは「数」が違うのである。
3本と4本。
これは、大きな違いである。
猿と人間では、髪の毛が3本違うと言う。
猿の髪の毛は何処からが髪の毛なのかは判断しにくい。
私だって、何処からが頭で、何処までがおでこかの判断が難しい。
間違いない事は、猿よりはかなり少ないと言うことであろう。
私は、サル以下なのかもしれない。
と、言うことで、Yam Saapのニコちゃんマークの「毛」は3本か4本かと言う重大な問題に気がついたのである。
正解をご存知の人はいるだろうか?
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正解は、店の看板でご確認ください。


Yam Saapと言うタイ料理屋を知っているだろうか?
最近、カフーやロータス、ビックCなどにも出店しているようである。
店のマークは黄色い「ニコちゃん」マークである。
店の名前の通り、ヤムの店である。
もちろん、カオバッドなどもあるにはあるが、余り期待しない方が良いであろう。
私は、ラマ4のカフーと、CWPのヤムサープで時々食事をする。
写真は、写りが悪くて申し訳けないが、Yam Saapブランド?の水である。

もうひとつの写真は、テーブルにあるティシューBoxである。

どちらも、ニコちゃんマークが書いてある。
さて、話は変わるが、先日、家内が美容院へ行った。
髪を短くすると言う。
若い頃は長い黒髪も良かったが、年相応に白髪も出てくると、短くした方が見た目は良い。
半端に長い白髪混じりだと、メイドのようである。
その家内が、髪を染めた。
若々しくなって中々良い。
美容院が終わる時間に見当をつけて、エンポリで待ち合わせ。
時間になっても、終わらないようである。
後で聞くと、「髪が太くて、たくさんあるから、染めるのに時間がかかった」のだそうだ。
このように、「たくさん」ある人は、興味がないだろうが、私のように「心細く」なっている人は敏感に反応する物がある。
お化けのQ太郎。サザエさんの波平さんと言えばわかるかもしれない。
Q太郎は3本である。
波平さんは1本、波平さんのお兄さん?は2本だったかな。
で、Yam Saap。
ニコちゃんマークにポヤポヤと毛が生えている。
ものすごく見にくいが、水の容器とティシューの容器のニコちゃんマークでは「数」が違うのである。
3本と4本。
これは、大きな違いである。
猿と人間では、髪の毛が3本違うと言う。
猿の髪の毛は何処からが髪の毛なのかは判断しにくい。
私だって、何処からが頭で、何処までがおでこかの判断が難しい。
間違いない事は、猿よりはかなり少ないと言うことであろう。
私は、サル以下なのかもしれない。
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2009年01月08日
ゆるキャラ
うわんです。

正月元旦の新聞の記事に、日本各県のキャラクターを紹介したものがあった。
何かその県で催しがあった時に募集したりして設定されたもののようである。
最近の流行は「ゆるキャラ」だそうである。
私の知っている「お役所」のイメージは、四角四面の面白みのないポスターのイメージである。
面白みはないが、必要最低限の告知はしてあり、「税金」を使うのだからこの程度であると妙な納得の仕方ができた。
最近のゆるキャラであるが、「説明」が付いていないと、何だか分からないと言う物も多い。
一番わからないのが、こんなゆるキャラを募集して「何を」「誰に」アピールしようとしているのか、と言う事である。
かなり前の話だが、警視庁がマスコットキャラクターを作った事がある。
覚えている人は、いるだろうか?
「ピーポ」君とかと言う名前だった(ような気がする)
その後、各県で、警察のマスコットが作られたようである。
どの様な募集をしてどの様な選考を経て決まったかは知らないが、着ぐるみ縫いぐるみ印刷物まで考えると結構な費用がかかったであろう事は想像できる。
実際に、そのマスコットを製作するのに掛った費用と、マスコットを作った事で減少した「凶悪犯罪」や「交通事故」の件数をデータとして発表して欲しいと思う。
「ピーポ」君自体が知られていないのも問題だが、その後で、「お父さん、お母さん、妹、弟」など何時のまにか、キャラクターが増えているのである。
さて、各県で「活躍?」しているゆるキャラだが、そんな事に税金を使って納税者は喜んでいるのだろうか?
日本にあるタイの大使館で、マスコットキャラクターを募集している。
http://www.thaiembassy.jp/rte1/content/view/1135/73/ を参照
フルーツのイメージキャラクターだそうだ。
バナナ、マンゴスチン、マンゴー、ドリアンに何故か「ジャスミンらいす」
ジャスミンライスが何時からフルーツになったのかは知らないが、タイの大使館によると「フルーツ」に分類されるようである。
マスコットキャラクターと言えば、昨年、スッタモンダした、「セント」君と「マント」君がいる。
大仏に鹿の角を生やした「セント」」君は有名デザイナーがデザインしたのだとか。
日本からのニュースで「セント」君がどうしたこうしたと言う事を初めて聞いた時、「田園調布に家か建つ」の「セント・ルイス」の話かと思った。
それは、それとして、タイ大使館が募集したマスコットキャラクター、どんなものが出てくるか楽しみである。
何しろ、採用で、1万円の賞金である。
副賞は、マンゴー1箱。
1人で、複数のキャラクターが採用されても、副賞のマンゴーは1箱だけとの事。
このあたり、ビミョーにせこい気がする。
マンゴー1箱って、マンゴーが何個入っているのだろう。
1kg箱って、大使館の賞品にしては......である。
もっとも、日本の国内で、いきなりジャスミンライスを1年分貰っても困るだろう。
ドリアン(トゲ付き」で10個と言うのも喧嘩になりそうだ。
それよりも、応募者がいなくなりそうである。
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応募は1月20日まで。
絵心のある人は応募してみるとよい。
私は、「下心」ならあるが、「絵心」は無い。

正月元旦の新聞の記事に、日本各県のキャラクターを紹介したものがあった。
何かその県で催しがあった時に募集したりして設定されたもののようである。
最近の流行は「ゆるキャラ」だそうである。
私の知っている「お役所」のイメージは、四角四面の面白みのないポスターのイメージである。
面白みはないが、必要最低限の告知はしてあり、「税金」を使うのだからこの程度であると妙な納得の仕方ができた。
最近のゆるキャラであるが、「説明」が付いていないと、何だか分からないと言う物も多い。
一番わからないのが、こんなゆるキャラを募集して「何を」「誰に」アピールしようとしているのか、と言う事である。
かなり前の話だが、警視庁がマスコットキャラクターを作った事がある。
覚えている人は、いるだろうか?
「ピーポ」君とかと言う名前だった(ような気がする)
その後、各県で、警察のマスコットが作られたようである。
どの様な募集をしてどの様な選考を経て決まったかは知らないが、着ぐるみ縫いぐるみ印刷物まで考えると結構な費用がかかったであろう事は想像できる。
実際に、そのマスコットを製作するのに掛った費用と、マスコットを作った事で減少した「凶悪犯罪」や「交通事故」の件数をデータとして発表して欲しいと思う。
「ピーポ」君自体が知られていないのも問題だが、その後で、「お父さん、お母さん、妹、弟」など何時のまにか、キャラクターが増えているのである。
さて、各県で「活躍?」しているゆるキャラだが、そんな事に税金を使って納税者は喜んでいるのだろうか?
日本にあるタイの大使館で、マスコットキャラクターを募集している。
http://www.thaiembassy.jp/rte1/content/view/1135/73/ を参照
フルーツのイメージキャラクターだそうだ。
バナナ、マンゴスチン、マンゴー、ドリアンに何故か「ジャスミンらいす」
ジャスミンライスが何時からフルーツになったのかは知らないが、タイの大使館によると「フルーツ」に分類されるようである。
マスコットキャラクターと言えば、昨年、スッタモンダした、「セント」君と「マント」君がいる。
大仏に鹿の角を生やした「セント」」君は有名デザイナーがデザインしたのだとか。
日本からのニュースで「セント」君がどうしたこうしたと言う事を初めて聞いた時、「田園調布に家か建つ」の「セント・ルイス」の話かと思った。
それは、それとして、タイ大使館が募集したマスコットキャラクター、どんなものが出てくるか楽しみである。
何しろ、採用で、1万円の賞金である。
副賞は、マンゴー1箱。
1人で、複数のキャラクターが採用されても、副賞のマンゴーは1箱だけとの事。
このあたり、ビミョーにせこい気がする。
マンゴー1箱って、マンゴーが何個入っているのだろう。
1kg箱って、大使館の賞品にしては......である。
もっとも、日本の国内で、いきなりジャスミンライスを1年分貰っても困るだろう。
ドリアン(トゲ付き」で10個と言うのも喧嘩になりそうだ。
それよりも、応募者がいなくなりそうである。
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応募は1月20日まで。
絵心のある人は応募してみるとよい。
私は、「下心」ならあるが、「絵心」は無い。
2009年01月07日
善意の人々
うわんです。

良い人ばかりが集まると喧嘩になるという。
なにしろ、全員が、善意の塊なのである。
誰も、邪な考えを持たない。
意見が違っても、「自分は間違っていない」のである。
自分は違っていないのだから、他の考えに問題があるのである。
だから、他の人は、自分に同調すべきである。
もちろん、自分の考えとは違う、未熟な考えを排除する事はしない。
未熟な考えも「聞いてはあげる」
そして「正しい考え」を教えてあげるのだ。
私は、「善意の塊」であり「邪」な考えはこれっぱかりも無い。
そして「私の考えは間違っていない」のである。
皆、私の「間違っていない」考えに同調すべきである。
同調できないのは、間違った考えに固執しているからである。
そのような、間違いは、訂正してあげなければならない。
なぜなら、私が「正しい」からである。
なに!私の「正しい考え」に従わない奴がいるだと!
そんな奴は、邪悪な奴である。 滅ぼしてしまおう。
なぜなら、私が「正しく」、私が「善意」であり、私が「正義」なのだから。
私の周りに集まった人々を見よ。
この人々こそが、私の「正しさ」の証明である。
正義の正しき人々よ。 行って「邪悪な考えの人」を懲らしめてあげようではないか。
私たちは「正しく」、私たちが「善意」であり、私たちが「正義」なのである。
私たちは、誤った考えの人々を諭し、間違った考えを改めさせ、私たちのような「正しい」考えになるように教え導かなければならない。
なぜならば、私たちは「正しく」、私たちが「善意」であり、私たちが「正義」なのである。
子供同士の砂場の喧嘩から、核兵器が飛び交う戦争まで、基本は一緒。
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世の中、良い人ばかりが集まると、喧嘩になり、戦争になる。
そうは、思いませんか?

良い人ばかりが集まると喧嘩になるという。
なにしろ、全員が、善意の塊なのである。
誰も、邪な考えを持たない。
意見が違っても、「自分は間違っていない」のである。
自分は違っていないのだから、他の考えに問題があるのである。
だから、他の人は、自分に同調すべきである。
もちろん、自分の考えとは違う、未熟な考えを排除する事はしない。
未熟な考えも「聞いてはあげる」
そして「正しい考え」を教えてあげるのだ。
私は、「善意の塊」であり「邪」な考えはこれっぱかりも無い。
そして「私の考えは間違っていない」のである。
皆、私の「間違っていない」考えに同調すべきである。
同調できないのは、間違った考えに固執しているからである。
そのような、間違いは、訂正してあげなければならない。
なぜなら、私が「正しい」からである。
なに!私の「正しい考え」に従わない奴がいるだと!
そんな奴は、邪悪な奴である。 滅ぼしてしまおう。
なぜなら、私が「正しく」、私が「善意」であり、私が「正義」なのだから。
私の周りに集まった人々を見よ。
この人々こそが、私の「正しさ」の証明である。
正義の正しき人々よ。 行って「邪悪な考えの人」を懲らしめてあげようではないか。
私たちは「正しく」、私たちが「善意」であり、私たちが「正義」なのである。
私たちは、誤った考えの人々を諭し、間違った考えを改めさせ、私たちのような「正しい」考えになるように教え導かなければならない。
なぜならば、私たちは「正しく」、私たちが「善意」であり、私たちが「正義」なのである。
子供同士の砂場の喧嘩から、核兵器が飛び交う戦争まで、基本は一緒。
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世の中、良い人ばかりが集まると、喧嘩になり、戦争になる。
そうは、思いませんか?
2009年01月06日
和
うわんです。

年越しから新年にかけて、イスラエルとパレスチナでの空爆やら報復攻撃などのニュースが新聞、TVで報じられていた。
遠い国の出来事ではある。
かの地での、人々の叫び声や悲しみの声、怨嗟の声は、私の耳には届いてこない。
届いて来ないと言う事は、考えないで良いと言う事ではない。
もちろん、私一人がこんな所で拳を握りしめても、今戦争の真っ只中にある人の何の力にもなれないのは事実である。
イスラエルとパレスチナばかりではない。
今、この時、世界nあちこちで、戦争がおきている。
幸いにして、私の周りでは「戦争」は起きていない。
でも、個人の単位での感情の行き違い、考え方の不一致、単純な好き嫌いで、小さな戦争が起きている。
私は、人格者でもないし、宗教家でもない。
自分以外の人の心の中まで覗き込み、意見する事はできない。
戦争反対、平和を語る事は、そんなに難しい事では無いと思う。
語り合う場所が、戦争とかけ離れた場所であればあるほど、簡単であると思う。
戦争で、理不尽に殺された身内がいなければ、もっと簡単に「平和」を口にできる。
私は、理系であるから、「和」と聞くと、「足し算」の答えを想像してしまう。
5+8=13 実に明解である。
この簡単な足し算の「和」は13である。
でも、和が13になるための足し算は、いろいろある。
4+9でも良いし6+7でも良い。
答えが13になりさえすれば、13を「和」とする計算はどれでも正解なのである。
言い方が飛躍するかも知れないが、足し算の答えである「和」と言う考え方は、「ごちゃまぜ」なのである。
相手が何であろうと、どんな考えであろうと、自分の中に取り込んで、自分の物にしてしまうのが、理系の「和」ではなかろうか?
自分は導きだした「和」は理路整然としており、自分の数が基準であるから相手の数も1つである。
「和」となった数から「足し算」と言う条件で導かれる様々な「計算式」の内、自分の数を使った物だけが正解であると考えてしまう。
これも、戦争の発端となり得るのである。
このブログを読んでくれている人は既にご存知だろうが、私は料理が好きである。
食べる事が大好きで、作るのはその100分の1くらいであるが好きである。
「和」と言う言葉、料理では「あえる」と読む。
キュウリとじゃこの和え物と言うように使う。
植物のキュウリと動物それも魚のじゃこを「あえる」のである。
この場合、けしって「たす」のではない。
キュウリはキュウリとしての性質や食感をそのままにし、じゃこはじゃこの性質や食感をそのまま生かして「あえる」のである。
同じ「和」でもまるっきり違う。
言っている事がピンと来ないかも知れない。
ようするに、算数的な「和」であるならば、キュウリとじゃこをジューサーミキサーにかけて、グチャグチャに混ぜ合わせる事も出来るのである。
このような合わせ方が、私のイメージする算数的な合わせ方である。
でも、キュウリとじゃこの和え物としては「食べたく」はない。
機械文明が進み、「便利」になり、拝金主義が横行すると言う事は、私たちが「人間」として生きるのには適さなくなっているのではないか?
いまさら、数十年前の不便な生活に戻る事はできない。
私たちは、いつの間にか、キュウリとじゃこをミックスジュースにしてはいなかっただろうか?
力で「混ぜ合わせ」ないで、お互いの個性を尊重できる「和え物」を意識して、過ごしたいものである。
正月早々、TVに写った爆撃の煙を見て、深く思った。
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「和」と言う字、「なごみ」とも読むのですね。

年越しから新年にかけて、イスラエルとパレスチナでの空爆やら報復攻撃などのニュースが新聞、TVで報じられていた。
遠い国の出来事ではある。
かの地での、人々の叫び声や悲しみの声、怨嗟の声は、私の耳には届いてこない。
届いて来ないと言う事は、考えないで良いと言う事ではない。
もちろん、私一人がこんな所で拳を握りしめても、今戦争の真っ只中にある人の何の力にもなれないのは事実である。
イスラエルとパレスチナばかりではない。
今、この時、世界nあちこちで、戦争がおきている。
幸いにして、私の周りでは「戦争」は起きていない。
でも、個人の単位での感情の行き違い、考え方の不一致、単純な好き嫌いで、小さな戦争が起きている。
私は、人格者でもないし、宗教家でもない。
自分以外の人の心の中まで覗き込み、意見する事はできない。
戦争反対、平和を語る事は、そんなに難しい事では無いと思う。
語り合う場所が、戦争とかけ離れた場所であればあるほど、簡単であると思う。
戦争で、理不尽に殺された身内がいなければ、もっと簡単に「平和」を口にできる。
私は、理系であるから、「和」と聞くと、「足し算」の答えを想像してしまう。
5+8=13 実に明解である。
この簡単な足し算の「和」は13である。
でも、和が13になるための足し算は、いろいろある。
4+9でも良いし6+7でも良い。
答えが13になりさえすれば、13を「和」とする計算はどれでも正解なのである。
言い方が飛躍するかも知れないが、足し算の答えである「和」と言う考え方は、「ごちゃまぜ」なのである。
相手が何であろうと、どんな考えであろうと、自分の中に取り込んで、自分の物にしてしまうのが、理系の「和」ではなかろうか?
自分は導きだした「和」は理路整然としており、自分の数が基準であるから相手の数も1つである。
「和」となった数から「足し算」と言う条件で導かれる様々な「計算式」の内、自分の数を使った物だけが正解であると考えてしまう。
これも、戦争の発端となり得るのである。
このブログを読んでくれている人は既にご存知だろうが、私は料理が好きである。
食べる事が大好きで、作るのはその100分の1くらいであるが好きである。
「和」と言う言葉、料理では「あえる」と読む。
キュウリとじゃこの和え物と言うように使う。
植物のキュウリと動物それも魚のじゃこを「あえる」のである。
この場合、けしって「たす」のではない。
キュウリはキュウリとしての性質や食感をそのままにし、じゃこはじゃこの性質や食感をそのまま生かして「あえる」のである。
同じ「和」でもまるっきり違う。
言っている事がピンと来ないかも知れない。
ようするに、算数的な「和」であるならば、キュウリとじゃこをジューサーミキサーにかけて、グチャグチャに混ぜ合わせる事も出来るのである。
このような合わせ方が、私のイメージする算数的な合わせ方である。
でも、キュウリとじゃこの和え物としては「食べたく」はない。
機械文明が進み、「便利」になり、拝金主義が横行すると言う事は、私たちが「人間」として生きるのには適さなくなっているのではないか?
いまさら、数十年前の不便な生活に戻る事はできない。
私たちは、いつの間にか、キュウリとじゃこをミックスジュースにしてはいなかっただろうか?
力で「混ぜ合わせ」ないで、お互いの個性を尊重できる「和え物」を意識して、過ごしたいものである。
正月早々、TVに写った爆撃の煙を見て、深く思った。
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「和」と言う字、「なごみ」とも読むのですね。
2009年01月05日
結婚式のご招待
うわんです。

新年早々に、結婚式を行うと言う案内状が届いた。
タイの新年そのものは、そんなに「おめでた」騒ぎはしないから、普通の月始めの感覚なのであろう。
最近では、あまり気にしなくなってはいるが、日本では4とか9とかが付く日には、おめでた事をさける傾向がある。
タイでは、9がおめでたい数字である。
車のナンバーも携帯電話の番号も「9」がたくさん付くと喜ばれる。
御招待頂いた結婚式の日付も9日である。

招待状を開けると、中は「金文字」のタイ語が飾り文字が満載である。
タイ語が読めない私は、金色のミミズの行列にしかみえない。
空港を占拠した「黄色い服」のように、紙いっぱいが金文字である。
日本では「~家と~家」の結婚式となっている事が多いが、タイの招待状の場合、両親の名前が書かれている事が多い。
タイでは、結婚しても「姓」を揃える必要はないので、両親4名の苗字が違っている事もある。
紙の中段に、1サイズ大きな文字で書かれているのが、新郎新婦の名前である。
これは、今までの経験では。100%の確率で、2人の名前の間に2重のハートマークが書いてある。
もっとも、このハートマークはなければ、誰と誰が結婚するのか、私には分からないだろう。
普段は、ニックネームで呼ぶ事が多いから、本名など覚えているわけもなく、苗字など聞いた事もない。
まして、結婚相手など知る由もないから、このマークがなければ、名前がどこに書かれているかも、判読できないだろう。
その下に、結婚式の場所と時間が書かれている。
親族ではないから、この辺はスルーである。
一番最後の方に、披露宴の場所と時間が書いてある。
私に関係するのは、ここである。
最近は、ホテルで披露宴を行うのが一般的になってきたようである。
日本のように、何回もお色直しをして....などと言うことはなく、食事がメインである。
挨拶もそんなに多くはない。
そして、お決まりのカラオケ大会になり、ウェディングケーキを切って...となる。
このウェディングケーキは本当に切り分けて出席者に配られる。
大概はバタークリームのべた甘で、スポンジがパサパサのケーキである。
見た目重視の日本のウェディングケーキとは、かなり違う。
日本と一番違うのは、披露宴の始まり方であろう。
日本では、呼ばれた人が全員席について、新郎新婦の登場となる。
タイの場合、披露宴会場の前に新郎新婦とその両親がならび、出席者と挨拶をしながら、写真を撮る。
この直前に、お祝の記帳をして、入場料、御祝儀を箱に入れる。
御祝儀は、招待状が入っていた封筒を使うのが一般的なようである。
なければ、ピンクの封筒を使う。
招待状に書かれている時間に行っても、誰もいない事がある。
30分くらい遅れるのは茶飯事である。
そのつもりでいたら、時間通りに始まった事もあるので、とりあえず時間通りに行った方が安全である。
日本のように席次が決まっていないので、会社の同僚の場合、他のメンバーと一緒に座ろうとしても、私だけ「特別席」に案内される事がある。
結婚式の場合、中華料理の丸いテーブルである事が多いが、特別席では、ソファだったりする。
その席に知り合いが座ってくれれば良が、そうでない場合、披露宴の間中、辛い思いをする。
何しろ、途中でエスケープできない。
結婚式なら、特に何かするわけではないから、ニコニコ笑っていれば良い。
同じ「特別席」でも、お葬式の時は困る。
特別席にいる人から「拝まなければならない」
タイのお寺さん式、中国の道教式、中国の仏教式、イスラム式など、今まで経験した事のないスタイルを経験させてもらった。
日系の企業ではないから、こういうセレモニーの時日本人である私は、「特別席」である事が多い。
恥ずかしがりの小心者の私が、一番苦手とする事である。
ランキングに参加しています。
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昨年の後半は、不況や政治のドタバタで、良いニュースがなかった。
ささやかではあるが、今年の最初に「ほっと」する話題ができてよかったと思う。

新年早々に、結婚式を行うと言う案内状が届いた。
タイの新年そのものは、そんなに「おめでた」騒ぎはしないから、普通の月始めの感覚なのであろう。
最近では、あまり気にしなくなってはいるが、日本では4とか9とかが付く日には、おめでた事をさける傾向がある。
タイでは、9がおめでたい数字である。
車のナンバーも携帯電話の番号も「9」がたくさん付くと喜ばれる。
御招待頂いた結婚式の日付も9日である。

招待状を開けると、中は「金文字」のタイ語が飾り文字が満載である。
タイ語が読めない私は、金色のミミズの行列にしかみえない。
空港を占拠した「黄色い服」のように、紙いっぱいが金文字である。
日本では「~家と~家」の結婚式となっている事が多いが、タイの招待状の場合、両親の名前が書かれている事が多い。
タイでは、結婚しても「姓」を揃える必要はないので、両親4名の苗字が違っている事もある。
紙の中段に、1サイズ大きな文字で書かれているのが、新郎新婦の名前である。
これは、今までの経験では。100%の確率で、2人の名前の間に2重のハートマークが書いてある。
もっとも、このハートマークはなければ、誰と誰が結婚するのか、私には分からないだろう。
普段は、ニックネームで呼ぶ事が多いから、本名など覚えているわけもなく、苗字など聞いた事もない。
まして、結婚相手など知る由もないから、このマークがなければ、名前がどこに書かれているかも、判読できないだろう。
その下に、結婚式の場所と時間が書かれている。
親族ではないから、この辺はスルーである。
一番最後の方に、披露宴の場所と時間が書いてある。
私に関係するのは、ここである。
最近は、ホテルで披露宴を行うのが一般的になってきたようである。
日本のように、何回もお色直しをして....などと言うことはなく、食事がメインである。
挨拶もそんなに多くはない。
そして、お決まりのカラオケ大会になり、ウェディングケーキを切って...となる。
このウェディングケーキは本当に切り分けて出席者に配られる。
大概はバタークリームのべた甘で、スポンジがパサパサのケーキである。
見た目重視の日本のウェディングケーキとは、かなり違う。
日本と一番違うのは、披露宴の始まり方であろう。
日本では、呼ばれた人が全員席について、新郎新婦の登場となる。
タイの場合、披露宴会場の前に新郎新婦とその両親がならび、出席者と挨拶をしながら、写真を撮る。
この直前に、お祝の記帳をして、入場料、御祝儀を箱に入れる。
御祝儀は、招待状が入っていた封筒を使うのが一般的なようである。
なければ、ピンクの封筒を使う。
招待状に書かれている時間に行っても、誰もいない事がある。
30分くらい遅れるのは茶飯事である。
そのつもりでいたら、時間通りに始まった事もあるので、とりあえず時間通りに行った方が安全である。
日本のように席次が決まっていないので、会社の同僚の場合、他のメンバーと一緒に座ろうとしても、私だけ「特別席」に案内される事がある。
結婚式の場合、中華料理の丸いテーブルである事が多いが、特別席では、ソファだったりする。
その席に知り合いが座ってくれれば良が、そうでない場合、披露宴の間中、辛い思いをする。
何しろ、途中でエスケープできない。
結婚式なら、特に何かするわけではないから、ニコニコ笑っていれば良い。
同じ「特別席」でも、お葬式の時は困る。
特別席にいる人から「拝まなければならない」
タイのお寺さん式、中国の道教式、中国の仏教式、イスラム式など、今まで経験した事のないスタイルを経験させてもらった。
日系の企業ではないから、こういうセレモニーの時日本人である私は、「特別席」である事が多い。
恥ずかしがりの小心者の私が、一番苦手とする事である。
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昨年の後半は、不況や政治のドタバタで、良いニュースがなかった。
ささやかではあるが、今年の最初に「ほっと」する話題ができてよかったと思う。
2009年01月04日
重大ニュース?
うわんです。

たった2~3日前の事なのだが、年が変わったと言うだけで、何だかとても昔の話のように感じてしまう。
去年1年の十大ニュースと言うと大変な事であるが、ささやかに、「我が家の」と言うことであればそんなに大げさにはならないだろう。
さらに、「大晦日の」と日付を限定したらどうだろうか?
これは、かなり個人的であり、十大と言うほど「数」が集まるだろうか?
1.牛肉を1kg買う。
毎年恒例の年越しは「すき焼き」である。
あさ、ヴィラスーパーの向いにあるタイ-フレンチの牛肉屋で肉を買う。
この肉や、シャブシャブとか、スキヤキと言うだけで適当な厚みに切ってくれるので便利である。
朝10時前に行ったのだが、タイ人で混雑していた。
分厚いステーキ肉を何枚も買って行くのを見て、タイの変化をつくづく感じてしまった。
スキヤキ用の牛肉 1kg470バーツであった。
2.「もれなく」から「もれた」!
お昼に、デリバリーの弁当を頼もうと思った。
新聞の折込に入っていた新装開店の「桃梨園」と言う韓国焼肉屋のデリバリー弁当を頼む事にした。
サービス期間中に店に行けば、10%offになるVIPカードがもらえるらしいが、来店は次の機会にして、今回は弁当である。
弁当でも、「もれなく」韓国のりを1パックサービスとなっている。
1個150バーツの弁当を4つ頼む。
我が家は捻くれ者が多いせいか、同じ物を注文しない。1回の注文では、重複する物はない。
で、待つ事1時間。
ピンポーンで待ってましたと出ると、お釣りを持って来ていないと言う。
お代を払ってふと見ると、「もれなく」ついているはずの「韓国のり」がない。
「もれなく」ついているはずなのに「もれて」しまった。
3..ランキング
海外生活ブログランキング タイ情報416ブログのなかで、14位で年越し。
先月上旬は8位まで行った。
人気ブログランキングのアジア情報では368ブログ中47位で年越し。
このブログランキングと言う奴、何位になろうが、賞金が出るわけではない。
それでも、上位になると何となく嬉しいものである。
4.猫のシャンプー
ミルクちゃん(通称ミーちゃん)
我が家のもう10年程飼っている元野良猫のミルク。
白い猫なのだが、汚れてネズミ色になっている。
ネコがネズミ色では洒落にならない。
汚れて来るくせに、シャンプーがキライなネコである。
ネコのシャンプー。私の使っているジャンプーより高価である。
ネコの分際で、ご主人様より高い物を使っている。
ネコにしてみれば、私が「ご主人」だとは思ってもいないようである。
新しい年を前にして、ネコを洗濯。
乾けば、きれいな白いネコになるはずである。
5.スキヤキがしょっぱい
スキヤキを作るときは、色々な流派があると聞いている。
関東と関西では手順も材料も違っていると聞いたことがある。
我が家は自己流。
割り下と言うか、醤油ベースのタレを予め作っておき、適宜追加する方法である。
毎年、年越し蕎麦を食べるのだが、今年は少し手抜きをして、スキヤキのタレにうどんを煮込み、
年越しうどんにしようと言うことになった。
一口食べたが少ししょっぱい。
野菜から水分が出るだろうし、肉からもだしが出て来るからそのうち丁度良くなるだろうと思っていたが、
最後までしょっぱかった。
うどんを入れてもやっぱりしょっぱかった。
6. なまたまご
スキヤキには、生卵が欲しい。
フジスーパーの近くにある「にしむら」で12個パックの生卵を2パック買う。
ここの生卵は「卵かけ御飯」が出来るという卵である。
数年前、鶏インフルエンザの最初の頃、バンコクの路地から、ガイヤーンやカオマンガイが消えた事がある。
この時、タイの首相は、ケンタッキーで鶏肉を食べてみせるパフォーマンスをしたりした。
その時でも、「うちのニワトリは、元気だから、インフルエンザには罹らない」と言ったツワモノの鶏が産んだ卵である。
日本から来て直ぐの人なら多分手を出さない「生卵」である。
最近は、飛行機に乗ってやってくる「色白」の卵もいるようである。
火を通すなら、どれでも良いが。生となると、少しだけ気を使ってしまう。
使う「気」の量は、歩いて1分程度って言うことだろうか。
7.お鍋がこげた。
紅白も終わって、さだまさしが終わろうとしている頃、お鍋がこげた。
正月の準備で、鶏肉の下ごしらえをしている時の出来事。
部屋中がコゲコゲの匂い。
2009年最初の仕事は鍋洗い。
今年は、良い年nなるといいなァと思いつつ。
8.夜更かし
大晦日は、恒例の夜更かしである。
普段は規則正しい生活を心がけているが、大晦日は特別。
いつもより数時間遅くまで起きている。
元旦は「ゆっくり寝ている」かと言えばそうでもない。
規則正しく、いつもの時間に目が覚める。
目が覚めても「寝不足」である。
午後は、ボーッとしている。
結局、何にもしない元旦になる。
残念、8つでネタ切れ。
十大ニュースではなく、重大ニュースってことにしよう。
たった1日で、重大な事は起こるはずもないが……
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たった2~3日前の事なのだが、年が変わったと言うだけで、何だかとても昔の話のように感じてしまう。
去年1年の十大ニュースと言うと大変な事であるが、ささやかに、「我が家の」と言うことであればそんなに大げさにはならないだろう。
さらに、「大晦日の」と日付を限定したらどうだろうか?
これは、かなり個人的であり、十大と言うほど「数」が集まるだろうか?
1.牛肉を1kg買う。
毎年恒例の年越しは「すき焼き」である。
あさ、ヴィラスーパーの向いにあるタイ-フレンチの牛肉屋で肉を買う。
この肉や、シャブシャブとか、スキヤキと言うだけで適当な厚みに切ってくれるので便利である。
朝10時前に行ったのだが、タイ人で混雑していた。
分厚いステーキ肉を何枚も買って行くのを見て、タイの変化をつくづく感じてしまった。
スキヤキ用の牛肉 1kg470バーツであった。
2.「もれなく」から「もれた」!
お昼に、デリバリーの弁当を頼もうと思った。
新聞の折込に入っていた新装開店の「桃梨園」と言う韓国焼肉屋のデリバリー弁当を頼む事にした。
サービス期間中に店に行けば、10%offになるVIPカードがもらえるらしいが、来店は次の機会にして、今回は弁当である。
弁当でも、「もれなく」韓国のりを1パックサービスとなっている。
1個150バーツの弁当を4つ頼む。
我が家は捻くれ者が多いせいか、同じ物を注文しない。1回の注文では、重複する物はない。
で、待つ事1時間。
ピンポーンで待ってましたと出ると、お釣りを持って来ていないと言う。
お代を払ってふと見ると、「もれなく」ついているはずの「韓国のり」がない。
「もれなく」ついているはずなのに「もれて」しまった。
3..ランキング
海外生活ブログランキング タイ情報416ブログのなかで、14位で年越し。
先月上旬は8位まで行った。
人気ブログランキングのアジア情報では368ブログ中47位で年越し。
このブログランキングと言う奴、何位になろうが、賞金が出るわけではない。
それでも、上位になると何となく嬉しいものである。
4.猫のシャンプー
ミルクちゃん(通称ミーちゃん)我が家のもう10年程飼っている元野良猫のミルク。
白い猫なのだが、汚れてネズミ色になっている。
ネコがネズミ色では洒落にならない。
汚れて来るくせに、シャンプーがキライなネコである。
ネコのシャンプー。私の使っているジャンプーより高価である。
ネコの分際で、ご主人様より高い物を使っている。
ネコにしてみれば、私が「ご主人」だとは思ってもいないようである。
新しい年を前にして、ネコを洗濯。
乾けば、きれいな白いネコになるはずである。
5.スキヤキがしょっぱい
スキヤキを作るときは、色々な流派があると聞いている。
関東と関西では手順も材料も違っていると聞いたことがある。
我が家は自己流。
割り下と言うか、醤油ベースのタレを予め作っておき、適宜追加する方法である。
毎年、年越し蕎麦を食べるのだが、今年は少し手抜きをして、スキヤキのタレにうどんを煮込み、
年越しうどんにしようと言うことになった。
一口食べたが少ししょっぱい。
野菜から水分が出るだろうし、肉からもだしが出て来るからそのうち丁度良くなるだろうと思っていたが、
最後までしょっぱかった。
うどんを入れてもやっぱりしょっぱかった。
6. なまたまご
スキヤキには、生卵が欲しい。
フジスーパーの近くにある「にしむら」で12個パックの生卵を2パック買う。
ここの生卵は「卵かけ御飯」が出来るという卵である。
数年前、鶏インフルエンザの最初の頃、バンコクの路地から、ガイヤーンやカオマンガイが消えた事がある。
この時、タイの首相は、ケンタッキーで鶏肉を食べてみせるパフォーマンスをしたりした。
その時でも、「うちのニワトリは、元気だから、インフルエンザには罹らない」と言ったツワモノの鶏が産んだ卵である。
日本から来て直ぐの人なら多分手を出さない「生卵」である。
最近は、飛行機に乗ってやってくる「色白」の卵もいるようである。
火を通すなら、どれでも良いが。生となると、少しだけ気を使ってしまう。
使う「気」の量は、歩いて1分程度って言うことだろうか。
7.お鍋がこげた。
紅白も終わって、さだまさしが終わろうとしている頃、お鍋がこげた。
正月の準備で、鶏肉の下ごしらえをしている時の出来事。
部屋中がコゲコゲの匂い。
2009年最初の仕事は鍋洗い。
今年は、良い年nなるといいなァと思いつつ。
8.夜更かし
大晦日は、恒例の夜更かしである。
普段は規則正しい生活を心がけているが、大晦日は特別。
いつもより数時間遅くまで起きている。
元旦は「ゆっくり寝ている」かと言えばそうでもない。
規則正しく、いつもの時間に目が覚める。
目が覚めても「寝不足」である。
午後は、ボーッとしている。
結局、何にもしない元旦になる。
残念、8つでネタ切れ。
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2009年01月03日
おもち
うわんです。

1月1日は、お餅で始まる。
私は、東北、仙台の出身であるから、お正月のお雑煮の前には、お汁粉を食べる習慣がある。
お汁粉。 餡子の奴である。
仙台地方全体がそういう習慣であったのかは知らないが、私の周りの家はそうであった。
お汁粉とは言わず「あんころ餅」と言っていた。
仙台なので、発音は「anngoro-mozu」である。
お正月、何処の家へ遊びに行っても、お雑煮の前に、1杯のお汁粉を頂かなければならない。
大人でもそうである。
お汁粉を頂いて、お雑煮を頂いて、それからお酒となる。
お汁粉を頂けば、お雑煮には餅を入れなくても良かった。
あんころ餅はお正月の儀式の様なものである。
お正月とは関係ないが、初めて近郊の友人の家へ泊りがけで遊びに行ったとき、その家のおばあちゃんが、お茶菓子と言って、掌に「白砂糖」を載せてくれた事がある。
初めてお邪魔した他人の家で、掌の上の砂糖の処理に困惑した思い出がある。
その昔、砂糖が貴重だった頃の習慣だそうで、このような対応はその地区の最大の歓待の方法だと知ったのは後になってからである。
きっと、正月の「あんころ餅」も同じような意味なのであろう。
お正月の最初の1杯だけは、最大級のご馳走をする習慣なのであろう。
今年も、また、「あんころ餅」を頂いてお雑煮を食べた。
去年と変わらぬ手順である。
この変わらない手順がたまらなく「嬉しい」事と感じるようになったのは最近である。
それだけ、歳をとったのだろうか?
そう言えば、「お雑煮」。
私の所は「けんちん汁」タイプである。
白菜、にんじん、大根、ごぼうに、鶏肉を合わせた、醤油味である。
各地、各様のお雑煮があるだろう。
バンコクには、様々な出身の人がいる。
最近になって、ようやく丸い餅を見かけるようになった。
西日本の人には、ようやく本場のお雑煮が食べられるようになったと言うことであろうか。
丸い餅の中に、あんこが入ったタイプも出回っているのだろうか。
学生時代に遊びに行った四国でたべた、あんこ入りのお雑煮が印象的であった。
印象的と言えば、埼玉で食べた、ショッパイあんこの餅も衝撃的であった。
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「正月や 餅で押し出す 去年糞」 詠み人知らず。
お粗末。

1月1日は、お餅で始まる。
私は、東北、仙台の出身であるから、お正月のお雑煮の前には、お汁粉を食べる習慣がある。
お汁粉。 餡子の奴である。
仙台地方全体がそういう習慣であったのかは知らないが、私の周りの家はそうであった。
お汁粉とは言わず「あんころ餅」と言っていた。
仙台なので、発音は「anngoro-mozu」である。
お正月、何処の家へ遊びに行っても、お雑煮の前に、1杯のお汁粉を頂かなければならない。
大人でもそうである。
お汁粉を頂いて、お雑煮を頂いて、それからお酒となる。
お汁粉を頂けば、お雑煮には餅を入れなくても良かった。
あんころ餅はお正月の儀式の様なものである。
お正月とは関係ないが、初めて近郊の友人の家へ泊りがけで遊びに行ったとき、その家のおばあちゃんが、お茶菓子と言って、掌に「白砂糖」を載せてくれた事がある。
初めてお邪魔した他人の家で、掌の上の砂糖の処理に困惑した思い出がある。
その昔、砂糖が貴重だった頃の習慣だそうで、このような対応はその地区の最大の歓待の方法だと知ったのは後になってからである。
きっと、正月の「あんころ餅」も同じような意味なのであろう。
お正月の最初の1杯だけは、最大級のご馳走をする習慣なのであろう。
今年も、また、「あんころ餅」を頂いてお雑煮を食べた。
去年と変わらぬ手順である。
この変わらない手順がたまらなく「嬉しい」事と感じるようになったのは最近である。
それだけ、歳をとったのだろうか?
そう言えば、「お雑煮」。
私の所は「けんちん汁」タイプである。
白菜、にんじん、大根、ごぼうに、鶏肉を合わせた、醤油味である。
各地、各様のお雑煮があるだろう。
バンコクには、様々な出身の人がいる。
最近になって、ようやく丸い餅を見かけるようになった。
西日本の人には、ようやく本場のお雑煮が食べられるようになったと言うことであろうか。
丸い餅の中に、あんこが入ったタイプも出回っているのだろうか。
学生時代に遊びに行った四国でたべた、あんこ入りのお雑煮が印象的であった。
印象的と言えば、埼玉で食べた、ショッパイあんこの餅も衝撃的であった。
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「正月や 餅で押し出す 去年糞」 詠み人知らず。
お粗末。
2009年01月01日
あけまして おめでとうございます
うわんです。

あめましておめでとうございます。
今年は、経済的に厳しい年になりそうです。
せめて、健康に注意して、笑って過ごせる一年で有りたいですね。
このブログを読んで下さっている方のみの、ご健康とご多幸をお祈りいたします。
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で、これから、お正月休みにはいります。
数日間は寝正月です。

あめましておめでとうございます。
今年は、経済的に厳しい年になりそうです。
せめて、健康に注意して、笑って過ごせる一年で有りたいですね。
このブログを読んで下さっている方のみの、ご健康とご多幸をお祈りいたします。
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で、これから、お正月休みにはいります。
数日間は寝正月です。




