2009年03月31日
雲
うわんです。

毎日、暑い日が続いています。
時々、雨が降ったりして、蒸し暑さに拍車をかけているようです。
このままのペースで暑くなると、今年の暮には、燃えてしまいそうです。
てな、馬鹿を言っている内に、3月も終わり。
1年の4分の1が過ぎてしまう。
何の反省もないまま、また、次の四半期を過ごすのだろう。
出張の道すがら、ボーッと外を見ていました。
真っ青な空に、白い雲がポカリ、ポカリと浮かんでいました。
同じような大きさ、同じような形の雲って、同じような高さに浮かんでいるのですネ。

妙に、秩序正しく思えてしまいました。
同じような高さと言っても、地上に面した側の高さが、同じような高さになっています。
そして、「雲」のイメージと違い、妙に平らになっています。
まるで、そこに見えない壁があるようです。
雲の上の方はモクモクと好き勝手な方向に盛り上がって行きます。
次々と形を変え、高さを変えながら、大きくなっていきます。

きっと、風に押されたり、気圧の変化に翻弄されているのでしょう。
子供の頃、「雲」って自由に空を飛んでいるのだって思っていました。
学校や宿題やテスト、通信簿が純真な私の心に「悪魔」の様に襲いかかっていました。
本当に、「雲」になりたかったものです。
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大人になると、見えない物を感じる事ができるようになる。
雲の動きでさえ、何かに「雁字搦め」になっている事がわかってきます。
空にのんびり浮かんでいる「雲」でさえ、「しがらみ」の中で生きているのですネ。
ましてや、私など.............。

毎日、暑い日が続いています。
時々、雨が降ったりして、蒸し暑さに拍車をかけているようです。
このままのペースで暑くなると、今年の暮には、燃えてしまいそうです。
てな、馬鹿を言っている内に、3月も終わり。
1年の4分の1が過ぎてしまう。
何の反省もないまま、また、次の四半期を過ごすのだろう。
出張の道すがら、ボーッと外を見ていました。
真っ青な空に、白い雲がポカリ、ポカリと浮かんでいました。
同じような大きさ、同じような形の雲って、同じような高さに浮かんでいるのですネ。

妙に、秩序正しく思えてしまいました。
同じような高さと言っても、地上に面した側の高さが、同じような高さになっています。
そして、「雲」のイメージと違い、妙に平らになっています。
まるで、そこに見えない壁があるようです。
雲の上の方はモクモクと好き勝手な方向に盛り上がって行きます。
次々と形を変え、高さを変えながら、大きくなっていきます。

きっと、風に押されたり、気圧の変化に翻弄されているのでしょう。
子供の頃、「雲」って自由に空を飛んでいるのだって思っていました。
学校や宿題やテスト、通信簿が純真な私の心に「悪魔」の様に襲いかかっていました。
本当に、「雲」になりたかったものです。
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大人になると、見えない物を感じる事ができるようになる。
雲の動きでさえ、何かに「雁字搦め」になっている事がわかってきます。
空にのんびり浮かんでいる「雲」でさえ、「しがらみ」の中で生きているのですネ。
ましてや、私など.............。
2009年03月27日
定額給付金
うわんです。

昨日、朝から運転手がウキウキしている。
私を会社に送ったら、午前中一杯何処かに出かけると言う。
途切れ途切れながら、話が分かってくる。
2000バーツを貰いに行くのだそうだ。
いわゆる、定額給付金。
日本では、全員に1万2千円が、給付されるとの事。
タイでは、社会保険に加入している月給1万5千バーツ未満の人が対象だと聞いた。
私の運転手はそれに該当するらしい。
でも、受け取り可能な日は全部で1か月くらいあるらしい。が、指定された日に行かなければ貰えないらしい。
毎月、15日と月末の給料日にメモ帳を片手に工場内をかけずり回っている「オカマ」の金貸しにーちゃんが、これもまた、にこにこ顔で付き纏っていた。
せっかく給付された2000バーツは右から左にオカマににーちゃんの手にはいるのだろうな.......。
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日本の、皆さん。
1万2千円で何を買いますか?
私、日本人ですが、給付の対象にはなっていません。
その、前の日、スピード違反で切符を切られた。
500バーツだそうだ.......。
会社の関係者で、捕まった警察に「顔」の効く者を探し出し、100バーツで処理して貰ったって今朝聞いた。
ローカル会社の事務員は事務だけでなく「不始末の処理の面倒」など、色々な事をやらされるようである。

昨日、朝から運転手がウキウキしている。
私を会社に送ったら、午前中一杯何処かに出かけると言う。
途切れ途切れながら、話が分かってくる。
2000バーツを貰いに行くのだそうだ。
いわゆる、定額給付金。
日本では、全員に1万2千円が、給付されるとの事。
タイでは、社会保険に加入している月給1万5千バーツ未満の人が対象だと聞いた。
私の運転手はそれに該当するらしい。
でも、受け取り可能な日は全部で1か月くらいあるらしい。が、指定された日に行かなければ貰えないらしい。
毎月、15日と月末の給料日にメモ帳を片手に工場内をかけずり回っている「オカマ」の金貸しにーちゃんが、これもまた、にこにこ顔で付き纏っていた。
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日本の、皆さん。
1万2千円で何を買いますか?
私、日本人ですが、給付の対象にはなっていません。
その、前の日、スピード違反で切符を切られた。
500バーツだそうだ.......。
会社の関係者で、捕まった警察に「顔」の効く者を探し出し、100バーツで処理して貰ったって今朝聞いた。
ローカル会社の事務員は事務だけでなく「不始末の処理の面倒」など、色々な事をやらされるようである。
2009年03月26日
到着ゲート
うわんです。

飛行場に出迎えに行くと、いつも気になっていたのが、プロの出迎え集団である。
ホテルやら、旅行会社の出迎えの担当者が、名前を書いたプラカードや紙を持って出口付近で待ち受ける。
警備員とも顔馴染みであるので、出口のギリギリまで出張っている。
おかげで、個人で出迎える場合には、相手を見つけにくい。
ドンムアンの時は、これに、リムジンタクシーの客引きが入り乱れていた。
スワンナプームになって、しばらくの間は、出口がABCの3っつあったので、その出口付近でそれぞれ人だかりができていた。
いつの間にか、出口が1つに集約され、出てきた人は、左右の出口から出てくるようになったので、人だかりの集団の数は減った。
出発ロビーと同じように、回転ドアがあり、ABCの出口から出てきた人は、最寄の出口から外に出ていた。
今は、3番ドアと8番ドアが開いており、その間のドアは「閉鎖」されている。
思いつきで、その場しのぎで、対応している。
国際空港は、その国の顔である。
空港の設計の段階から、「物を考えていない」事がモロバレである。
しかも、「その場しのぎ」「行き当たりばったり」で対応するタイの国民性が良く現われている。
で、久しぶりに行った空港はどうだったか?
出口付近の人だかりにプロの姿は、殆どいない。
サンダル履きのおっさんやおねーちゃんが出て来る人を背伸びをしながら見ている。
おやっ?と思って周りを見回すと、「いました」。プロの出迎え軍団。
国内線の出口と国際線の出口の中間に、柵が設けてある。
その中に囲いこまれている。

プラカードや名前を書いた紙は持っている。
ただ、出口からは見え難い所にいる。
きっと、政府の偉い人がプロの出迎え人の集団を見て「みっともない」とか言ったのだろう。
散らかったゴミは一か所に集めておけば、見た目「きれい」に見える。
そして、要、不要に関係無く、何処かに隠してしまえばOK。
これが、タイ式の「お片づけ」である。
プロの出迎え人も、工場のゴミと一緒で、一か所に集められ、見えない所に置かれている。
確かに、出口付近はスッキリしたが、観光客がツアー会社の出迎えがあると思って歩いてきても、出迎え人は「出口」に居ない。と言う現象が起きている。
カートを押したファランが出迎え人をさがしながら一旦出口を出てしまう。
出迎え人が見つからなければ、当然、出口を間違えたと考えるだろう。
戻って、反対側に行こうとする。
出口で「タムロ」している警備員が「進入禁止」である事を告げる。
2言3言やり取りがあって、パスポートを確認。
入国の時にホチキスで留められた入国スタンプを確認して、「イッテヨシ」となる。
一々これをやっている。
きっと反対側でも同じ事をしているのだろう。
出迎え人は、柵から出られないらしい。
出迎えられる人が、柵の所まで行かなければならない。
そんな、変てこなシステムである事を、誰が知っているだろうか?
次にお出迎えの機会が来る頃には、「柵」は無くなっているだろう。
この空港は、今でも、変化し続けているのである。
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成田について、電車で東京に行こうとする時、特急と急行と快速と通勤快速のどれに乗るのが一番早くて、安いのだろう?
朝一番に成田に到着しても、自動販売機ばかりで、聞ける人は誰もいない。
自動販売機も良いが、日本に初めて来たガイジンは困るだろう。
成田なんか滅多に使わない、ニホンジンだって困っている。

飛行場に出迎えに行くと、いつも気になっていたのが、プロの出迎え集団である。
ホテルやら、旅行会社の出迎えの担当者が、名前を書いたプラカードや紙を持って出口付近で待ち受ける。
警備員とも顔馴染みであるので、出口のギリギリまで出張っている。
おかげで、個人で出迎える場合には、相手を見つけにくい。
ドンムアンの時は、これに、リムジンタクシーの客引きが入り乱れていた。
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いつの間にか、出口が1つに集約され、出てきた人は、左右の出口から出てくるようになったので、人だかりの集団の数は減った。
出発ロビーと同じように、回転ドアがあり、ABCの出口から出てきた人は、最寄の出口から外に出ていた。
今は、3番ドアと8番ドアが開いており、その間のドアは「閉鎖」されている。
思いつきで、その場しのぎで、対応している。
国際空港は、その国の顔である。
空港の設計の段階から、「物を考えていない」事がモロバレである。
しかも、「その場しのぎ」「行き当たりばったり」で対応するタイの国民性が良く現われている。
で、久しぶりに行った空港はどうだったか?
出口付近の人だかりにプロの姿は、殆どいない。
サンダル履きのおっさんやおねーちゃんが出て来る人を背伸びをしながら見ている。
おやっ?と思って周りを見回すと、「いました」。プロの出迎え軍団。
国内線の出口と国際線の出口の中間に、柵が設けてある。
その中に囲いこまれている。

プラカードや名前を書いた紙は持っている。
ただ、出口からは見え難い所にいる。
きっと、政府の偉い人がプロの出迎え人の集団を見て「みっともない」とか言ったのだろう。
散らかったゴミは一か所に集めておけば、見た目「きれい」に見える。
そして、要、不要に関係無く、何処かに隠してしまえばOK。
これが、タイ式の「お片づけ」である。
プロの出迎え人も、工場のゴミと一緒で、一か所に集められ、見えない所に置かれている。
確かに、出口付近はスッキリしたが、観光客がツアー会社の出迎えがあると思って歩いてきても、出迎え人は「出口」に居ない。と言う現象が起きている。
カートを押したファランが出迎え人をさがしながら一旦出口を出てしまう。
出迎え人が見つからなければ、当然、出口を間違えたと考えるだろう。
戻って、反対側に行こうとする。
出口で「タムロ」している警備員が「進入禁止」である事を告げる。
2言3言やり取りがあって、パスポートを確認。
入国の時にホチキスで留められた入国スタンプを確認して、「イッテヨシ」となる。
一々これをやっている。
きっと反対側でも同じ事をしているのだろう。
出迎え人は、柵から出られないらしい。
出迎えられる人が、柵の所まで行かなければならない。
そんな、変てこなシステムである事を、誰が知っているだろうか?
次にお出迎えの機会が来る頃には、「柵」は無くなっているだろう。
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成田について、電車で東京に行こうとする時、特急と急行と快速と通勤快速のどれに乗るのが一番早くて、安いのだろう?
朝一番に成田に到着しても、自動販売機ばかりで、聞ける人は誰もいない。
自動販売機も良いが、日本に初めて来たガイジンは困るだろう。
成田なんか滅多に使わない、ニホンジンだって困っている。
2009年03月25日
空港の日本料理
うわんです。

先日、家内の帰国に合わせて出迎えにスワンナプームに言った。
到着ゲートの方に行くのは久しぶりである。
日本へ行くのに送って行った時、新しいレストランが開店していたのをチラッ見ていた。
そこで、到着までに1時間もあるので、寄って見る事にした。
「日本料理」と大々的に書かれた「ラーメン屋」である。
「KIN-RAMEN」と言う店である。
ラーメン屋だが、「日本料理」である。
ドンムアンの時にも、ペデストリアンデッキの所に「味千」と言うラーメン屋があった。
タイの空港でも、「ラーメン」は欠かせないのであろう。
ラーメンは既に「日本料理」の域を脱しているようである。
店の入り口はこんな感じ。

テーブルに置かれたランチマット代わりのメニューはこんな感じである。

ラーメンの値段は空港なので、少し高めの設定であろうか?
バンコク市内に店があるのなら、「タイチャンネル」のラーメンスレでひと騒ぎあって良いのではないかと思っている。
味噌ラーメンを頼んだ。
湯切りがしっかりされていない、まっすぐな麺である。
お客は、タイ人とファラン。
日本人は私一人であった。
完食するには、ちょっと辛かったので、別に天丼を頼んだ。
同じ店で、口直しを頼む「おバカ」である。
出てきた天丼は、タイの日本飯屋でみかける、甘いタレを上からかけたタイプの天丼である。
これに、スプーンとフオークが付いてくる。
はしは無い。
流石は、国際空港の日本食屋である。

ご飯の大きさは「日本米」と同じサイズ。
不思議な事に「粘り」というものがいっさい無い。
ご飯粒の1粒1粒が「独立思考」なのである。
そこに、甘めのタレがほんの少し。
中々、健康思考の天丼である。
タイに到着した人が、直ぐにラーメンを食べたがるとは思えない。
これから、日本へ行こうとする人が、無理にここでラーメンを食べる必要はないだろう。
とすれば、送迎のタイ人か、ファランがメインのお客になるだろう。
私のように、ブログねたで行く日本人のいるかもしれない。
でも、日本人なら、「2度目」はないだろう。
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スワンナプームはゆっくり落ち着ける場所がない。
少し早めに行って待つ事ができる作りにしてくれないかなァ。
名古屋からの便。
朝10:25に出発した飛行機は、15:10に到着する事になっている。
実際には、14:09にランディングしてしまう。
1時間もサバを読む「時刻表」というのは、いかがなものか。

先日、家内の帰国に合わせて出迎えにスワンナプームに言った。
到着ゲートの方に行くのは久しぶりである。
日本へ行くのに送って行った時、新しいレストランが開店していたのをチラッ見ていた。
そこで、到着までに1時間もあるので、寄って見る事にした。
「日本料理」と大々的に書かれた「ラーメン屋」である。
「KIN-RAMEN」と言う店である。
ラーメン屋だが、「日本料理」である。
ドンムアンの時にも、ペデストリアンデッキの所に「味千」と言うラーメン屋があった。
タイの空港でも、「ラーメン」は欠かせないのであろう。
ラーメンは既に「日本料理」の域を脱しているようである。
店の入り口はこんな感じ。

テーブルに置かれたランチマット代わりのメニューはこんな感じである。

ラーメンの値段は空港なので、少し高めの設定であろうか?
バンコク市内に店があるのなら、「タイチャンネル」のラーメンスレでひと騒ぎあって良いのではないかと思っている。
味噌ラーメンを頼んだ。
湯切りがしっかりされていない、まっすぐな麺である。
お客は、タイ人とファラン。
日本人は私一人であった。
完食するには、ちょっと辛かったので、別に天丼を頼んだ。
同じ店で、口直しを頼む「おバカ」である。
出てきた天丼は、タイの日本飯屋でみかける、甘いタレを上からかけたタイプの天丼である。
これに、スプーンとフオークが付いてくる。
はしは無い。
流石は、国際空港の日本食屋である。

ご飯の大きさは「日本米」と同じサイズ。
不思議な事に「粘り」というものがいっさい無い。
ご飯粒の1粒1粒が「独立思考」なのである。
そこに、甘めのタレがほんの少し。
中々、健康思考の天丼である。
タイに到着した人が、直ぐにラーメンを食べたがるとは思えない。
これから、日本へ行こうとする人が、無理にここでラーメンを食べる必要はないだろう。
とすれば、送迎のタイ人か、ファランがメインのお客になるだろう。
私のように、ブログねたで行く日本人のいるかもしれない。
でも、日本人なら、「2度目」はないだろう。
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スワンナプームはゆっくり落ち着ける場所がない。
少し早めに行って待つ事ができる作りにしてくれないかなァ。
名古屋からの便。
朝10:25に出発した飛行機は、15:10に到着する事になっている。
実際には、14:09にランディングしてしまう。
1時間もサバを読む「時刻表」というのは、いかがなものか。
2009年03月25日
空港の日本料理
うわんです。

先日、家内の帰国に合わせて出迎えにスワンナプームに言った。
到着ゲートの方に行くのは久しぶりである。
日本へ行くのに送って行った時、新しいレストランが開店していたのをチラッ見ていた。
そこで、到着までに1時間もあるので、寄って見る事にした。
「日本料理」と大々的に書かれた「ラーメン屋」である。
「KIN-RAMEN」と言う店である。
ラーメン屋だが、「日本料理」である。
ドンムアンの時にも、ペデストリアンデッキの所に「味千」と言うラーメン屋があった。
タイの空港でも、「ラーメン」は欠かせないのであろう。
ラーメンは既に「日本料理」の域を脱しているようである。
店の入り口はこんな感じ。

テーブルに置かれたランチマット代わりのメニューはこんな感じである。

ラーメンの値段は空港なので、少し高めの設定であろうか?
バンコク市内に店があるのなら、「タイチャンネル」のラーメンスレでひと騒ぎあって良いのではないかと思っている。
味噌ラーメンを頼んだ。
湯切りがしっかりされていない、まっすぐな麺である。
お客は、タイ人とファラン。
日本人は私一人であった。
完食するには、ちょっと辛かったので、別に天丼を頼んだ。
同じ店で、口直しを頼む「おバカ」である。
出てきた天丼は、タイの日本飯屋でみかける、甘いタレを上からかけたタイプの天丼である。
これに、スプーンとフオークが付いてくる。
はしは無い。
流石は、国際空港の日本食屋である。

ご飯の大きさは「日本米」と同じサイズ。
不思議な事に「粘り」というものがいっさい無い。
ご飯粒の1粒1粒が「独立思考」なのである。
そこに、甘めのタレがほんの少し。
中々、健康思考の天丼である。
タイに到着した人が、直ぐにラーメンを食べたがるとは思えない。
これから、日本へ行こうとする人が、無理にここでラーメンを食べる必要はないだろう。
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実際には、14:09にランディングしてしまう。
1時間もサバを読む「時刻表」というのは、いかがなものか。

先日、家内の帰国に合わせて出迎えにスワンナプームに言った。
到着ゲートの方に行くのは久しぶりである。
日本へ行くのに送って行った時、新しいレストランが開店していたのをチラッ見ていた。
そこで、到着までに1時間もあるので、寄って見る事にした。
「日本料理」と大々的に書かれた「ラーメン屋」である。
「KIN-RAMEN」と言う店である。
ラーメン屋だが、「日本料理」である。
ドンムアンの時にも、ペデストリアンデッキの所に「味千」と言うラーメン屋があった。
タイの空港でも、「ラーメン」は欠かせないのであろう。
ラーメンは既に「日本料理」の域を脱しているようである。
店の入り口はこんな感じ。

テーブルに置かれたランチマット代わりのメニューはこんな感じである。

ラーメンの値段は空港なので、少し高めの設定であろうか?
バンコク市内に店があるのなら、「タイチャンネル」のラーメンスレでひと騒ぎあって良いのではないかと思っている。
味噌ラーメンを頼んだ。
湯切りがしっかりされていない、まっすぐな麺である。
お客は、タイ人とファラン。
日本人は私一人であった。
完食するには、ちょっと辛かったので、別に天丼を頼んだ。
同じ店で、口直しを頼む「おバカ」である。
出てきた天丼は、タイの日本飯屋でみかける、甘いタレを上からかけたタイプの天丼である。
これに、スプーンとフオークが付いてくる。
はしは無い。
流石は、国際空港の日本食屋である。

ご飯の大きさは「日本米」と同じサイズ。
不思議な事に「粘り」というものがいっさい無い。
ご飯粒の1粒1粒が「独立思考」なのである。
そこに、甘めのタレがほんの少し。
中々、健康思考の天丼である。
タイに到着した人が、直ぐにラーメンを食べたがるとは思えない。
これから、日本へ行こうとする人が、無理にここでラーメンを食べる必要はないだろう。
とすれば、送迎のタイ人か、ファランがメインのお客になるだろう。
私のように、ブログねたで行く日本人のいるかもしれない。
でも、日本人なら、「2度目」はないだろう。
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スワンナプームはゆっくり落ち着ける場所がない。
少し早めに行って待つ事ができる作りにしてくれないかなァ。
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実際には、14:09にランディングしてしまう。
1時間もサバを読む「時刻表」というのは、いかがなものか。
2009年03月24日
乙女の像
うわんです。

私のブログは、些末な事にこだわる記事が多いような気がしている。
特に、書く事がなくなると、身近な些末な事に目が向くようである。
先般は、看板の絵の虫の「毛」にこだわってしまった。
今日、気になっているのは、下の写真である。

タイでは、比較的良く見かける「像」である。
ちょっと大きな「豪邸」の軒先や門の所に左右一対で立っている。
門や玄関の明かりだったり、雨の滴を誘導したりするのに使われている。
この、何が気になっているのか。
普通、ケーキを売っていればケーキ屋さん。
自転車を売っていれば自転車屋さん。
お酒を売っていれば酒屋さん。と呼ばれる。
この像が立っているのは、スクム63とペッブリーの交差点の近くである。
エビータの向かい側、「メリー」と名乗る一般的に「お風呂屋」さんと呼ばれている施設である。
日本では「ソープランド」とも言う。
実際には、風呂桶とか風呂釜や「石鹸」を扱っている訳ではない。
扱っている商品は「なまもの」
腐りやすい物ではあるが、いわゆる「ふて腐れる」事が多いと聞く。
若い(若くない場合も含む)オネーチャンを売っているのである。
私は、この手の店を「オネーチャン屋さん」と呼び慣わしている。
残念な事に、この手の店に入った事がないので、中の様子をレポートする事は出来ないが、この店の前は殆ど毎日通っている。
信号で止まっている時に、この像が目に入った。
何回も何百回も見ているのに、どう言う訳か気になったのである。
美術はからっきし素人なのだが、こういう像は古代ギリシャ風というのだろうか?それともミケランジェロの時代(ルネッサンス?)様式と言うのだろうか?
薄衣一枚を身にまとった素敵なプロポーシャンをした女性の像である。
全裸でない所がかえってセクシーである。
立っている場所が「オネーチャン屋さん」の入り口である。
豊かで形の良い、弾力がありそうな胸。
スラリと伸びた脚。
その右脚の親指と左脚の親指の延長線が合流する1点。
たかが、作り物の女性像とは言え、そこに目が行くのは、「スケベおやじ」だけではあるまい。
「スケベおやじ」だけだ! と言われれば、「その通りです」と言うしかない。
反論の余地はない。
で、その合流地点であるが、私の目には、なんとなく「もっこり」して見えるのである。
「もっこり」で売り出しているのは、宮城県登米市のニラである。
この街の「南方」には「もっこりの里」と言うのがある。
女性の「しかるべき」部分が「もっこり」しているのは、問題である。
特に、場所が「オネーチャン屋」である。
近所の高級デパートの1階、化粧品売り場には、一目でそれとわかる「オネーチャン?」がいる。
本物のオネーチャンより艶やかなので、直ぐ区別かつく。
近所には「マンボ」と言うキャバレーショーがある。
夕方には、ここに出演する妖艶なオネーチャンやオニーチャンを見かける。
私にしてみれば、豊かで形の良い、弾力がありそうな胸と、「しかるべき」部分の「もっこり」が特段不可思議ではない環境にいる。
1回、そう思うと、どうしてもそこに目が行く。
この店の「オネーチャン」の何%が、この像と同類なのだろう?
パッポンのゴーゴーバーにだって普通に混じっているのだ。
ここはタイである。
客が指名して、客が気が付かなければ、「マイペンライ」なのである。
バンコク市内には、たくさんの「オネーチャン屋」がある。
そこには、かなりの数のオネーチャンが商売をしている。
オネーチャンだと思っていたら、実はオニーチャンだった。
何て事が、起きているかもしれない。
費用は、オネーチャンと一緒であろう。
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オネーチャン屋の入り口に立つ、「乙女の像」を見た感想である。

私のブログは、些末な事にこだわる記事が多いような気がしている。
特に、書く事がなくなると、身近な些末な事に目が向くようである。
先般は、看板の絵の虫の「毛」にこだわってしまった。
今日、気になっているのは、下の写真である。

タイでは、比較的良く見かける「像」である。
ちょっと大きな「豪邸」の軒先や門の所に左右一対で立っている。
門や玄関の明かりだったり、雨の滴を誘導したりするのに使われている。
この、何が気になっているのか。
普通、ケーキを売っていればケーキ屋さん。
自転車を売っていれば自転車屋さん。
お酒を売っていれば酒屋さん。と呼ばれる。
この像が立っているのは、スクム63とペッブリーの交差点の近くである。
エビータの向かい側、「メリー」と名乗る一般的に「お風呂屋」さんと呼ばれている施設である。
日本では「ソープランド」とも言う。
実際には、風呂桶とか風呂釜や「石鹸」を扱っている訳ではない。
扱っている商品は「なまもの」
腐りやすい物ではあるが、いわゆる「ふて腐れる」事が多いと聞く。
若い(若くない場合も含む)オネーチャンを売っているのである。
私は、この手の店を「オネーチャン屋さん」と呼び慣わしている。
残念な事に、この手の店に入った事がないので、中の様子をレポートする事は出来ないが、この店の前は殆ど毎日通っている。
信号で止まっている時に、この像が目に入った。
何回も何百回も見ているのに、どう言う訳か気になったのである。
美術はからっきし素人なのだが、こういう像は古代ギリシャ風というのだろうか?それともミケランジェロの時代(ルネッサンス?)様式と言うのだろうか?
薄衣一枚を身にまとった素敵なプロポーシャンをした女性の像である。
全裸でない所がかえってセクシーである。
立っている場所が「オネーチャン屋さん」の入り口である。
豊かで形の良い、弾力がありそうな胸。
スラリと伸びた脚。
その右脚の親指と左脚の親指の延長線が合流する1点。
たかが、作り物の女性像とは言え、そこに目が行くのは、「スケベおやじ」だけではあるまい。
「スケベおやじ」だけだ! と言われれば、「その通りです」と言うしかない。
反論の余地はない。
で、その合流地点であるが、私の目には、なんとなく「もっこり」して見えるのである。
「もっこり」で売り出しているのは、宮城県登米市のニラである。
この街の「南方」には「もっこりの里」と言うのがある。
女性の「しかるべき」部分が「もっこり」しているのは、問題である。
特に、場所が「オネーチャン屋」である。
近所の高級デパートの1階、化粧品売り場には、一目でそれとわかる「オネーチャン?」がいる。
本物のオネーチャンより艶やかなので、直ぐ区別かつく。
近所には「マンボ」と言うキャバレーショーがある。
夕方には、ここに出演する妖艶なオネーチャンやオニーチャンを見かける。
私にしてみれば、豊かで形の良い、弾力がありそうな胸と、「しかるべき」部分の「もっこり」が特段不可思議ではない環境にいる。
1回、そう思うと、どうしてもそこに目が行く。
この店の「オネーチャン」の何%が、この像と同類なのだろう?
パッポンのゴーゴーバーにだって普通に混じっているのだ。
ここはタイである。
客が指名して、客が気が付かなければ、「マイペンライ」なのである。
バンコク市内には、たくさんの「オネーチャン屋」がある。
そこには、かなりの数のオネーチャンが商売をしている。
オネーチャンだと思っていたら、実はオニーチャンだった。
何て事が、起きているかもしれない。
費用は、オネーチャンと一緒であろう。
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オネーチャン屋の入り口に立つ、「乙女の像」を見た感想である。
2009年03月23日
はじめまして
うわんです。

私は、元々、気が小さくて、恥ずかしがり、口べたで人見知りするタイプである。
そうでしょ。そうだよね。そうに違いないですよね。ね?。ね!。 ねってば。
皆さんの賛意を得られたところで、今日の話を進めたいと思います。
だから、初めての人と会うのが、億劫である。
仕事で、初めての人に連絡をとったり、面会のアポを取ったりするのが苦手である。
相手と会う直前、会議室などで、相手が来るまで待たされている時間が嫌いである。
人の顔を覚えるのが苦手で、2度目の面会で、一度あった人と初めての人が混在する時には、もっと緊張する。
私の風体が「目立つ」せいなのかもしれないが、相手が覚えていて、デパートの中や道路ですれ違う時に声をかけられると、もう、ドギマギする。
適当に話を合わせれば良いのだろうが、咄嗟には対応できない。
元々、不器用なのである。
「はじめまして」が苦手である。
でも「初めまして」が無いと、2度目も3度目もない。
イヤでも、「初めまして」をやらなければならない。
私は、元々、気が小さくて、恥ずかしがり、口べたで人見知りするタイプである。
だから、初めての人にアポイントを取るための電話も嫌いである。
にこやかに対応してくれれば良いが、つっけんどんだと嫌だなぁ、とか思ってしまう。
電話したとき忙しくはないだろうか?会議中だったりトラブル処理の真っ最中だったらどうしようとか......。
お会いして、苦手な「初めまして」と名刺交換の儀が終わるまでドキドキが続く。
とは、言っても、生まれてからこの方、ずっと「初めまして」を繰り返している。
いま、友人だったり、知り合いの人たちとも、1回どこかで「初めまして」をやっている。
生まれた時から知り合いだったような友人でも、実際には「初めまして」をやっている。
奇しくも、季節は「別れの季節」。
「初めまして」を言った限りは、どんな形であれ「お別れ」をする事になる。
タイにきて、何箱もの名刺を配った。
それだけの数の「初めまして」を言ってきたのである。
タイに来る前にも、随分名刺を配った。
その前の学生時代は、同じ学部やクラブの先輩後輩、同輩たちと知り合いになっている。
その前の高校や中学、小学校でも、毎年毎年、新しい出会いとさよならを繰り返してきている。
それなのに、まだ「はじめまして」が苦手である。
仕事だけでなく、日常生活でも「初めまして」がある。
何かの「手違い」で一緒に繰らしている、「奥様」との間にも、「初めまして」があったはずである。
どこで、どういう「段取りミス」があったか、覚えていないが、今は一番の身内である。
数年前にやった心臓の手術。その後におこした「心室細動」
ずっと傍にいてくれた家内に何の言葉もかける事が出来ないまま、逝ってしまうところであった。
何かのはずみで「初めまして」をして、運命の悪戯で、ずっと一緒にいる。
家内が実家で暮した年月より、一緒になってからの方がはるかに長くなった。
それも、これも「初めまして」があったからである。
学校の「別れ」はまた会う事のできる可能性がある「別れ」である。
子供たちが家に帰る時の別れは、「明日も会える」別れである。
何の因果で一緒になったのか分からないが、病院のベッドの上での別れは、今生の別れである。
TVのドラマでは、息を引き取る前に言いたい事を全て言って「ガクッ」となる。
実際に体験したら、本人は何も言えなかった。
「初めまして」で始まったら「さようなら」で終わりたい。
できれば、「天国で待っているよ」と言ってみたいのである。
「共白髪まで添い遂げる」と誓った日もあった。
私の一方的な都合でそれもできなくなった。
(だって、白髪の元がなくなったのだ!)
だから、せめて「ありがとう」の一言が言えるようにしたいものだ。
いざ、と言う時、何も言えない、何も出来ない事を経験した。
せめて、生きている間だけでも、ベタベタしていようと思う。
それが、私の「ありがとう」であり「さようなら」である。
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実際には、「ウザッタイ おやじ!」とでも思われているのだろうか。
天国であった時に確認してみようと思っている。
エッ! お前は「地獄」だって。
そうかも知れない。
「初めまして」で知り合った友人の殆どは「地獄」の住人だろうから.....。
友達は「選ばなければならない」。

私は、元々、気が小さくて、恥ずかしがり、口べたで人見知りするタイプである。
そうでしょ。そうだよね。そうに違いないですよね。ね?。ね!。 ねってば。
皆さんの賛意を得られたところで、今日の話を進めたいと思います。
だから、初めての人と会うのが、億劫である。
仕事で、初めての人に連絡をとったり、面会のアポを取ったりするのが苦手である。
相手と会う直前、会議室などで、相手が来るまで待たされている時間が嫌いである。
人の顔を覚えるのが苦手で、2度目の面会で、一度あった人と初めての人が混在する時には、もっと緊張する。
私の風体が「目立つ」せいなのかもしれないが、相手が覚えていて、デパートの中や道路ですれ違う時に声をかけられると、もう、ドギマギする。
適当に話を合わせれば良いのだろうが、咄嗟には対応できない。
元々、不器用なのである。
「はじめまして」が苦手である。
でも「初めまして」が無いと、2度目も3度目もない。
イヤでも、「初めまして」をやらなければならない。
私は、元々、気が小さくて、恥ずかしがり、口べたで人見知りするタイプである。
だから、初めての人にアポイントを取るための電話も嫌いである。
にこやかに対応してくれれば良いが、つっけんどんだと嫌だなぁ、とか思ってしまう。
電話したとき忙しくはないだろうか?会議中だったりトラブル処理の真っ最中だったらどうしようとか......。
お会いして、苦手な「初めまして」と名刺交換の儀が終わるまでドキドキが続く。
とは、言っても、生まれてからこの方、ずっと「初めまして」を繰り返している。
いま、友人だったり、知り合いの人たちとも、1回どこかで「初めまして」をやっている。
生まれた時から知り合いだったような友人でも、実際には「初めまして」をやっている。
奇しくも、季節は「別れの季節」。
「初めまして」を言った限りは、どんな形であれ「お別れ」をする事になる。
タイにきて、何箱もの名刺を配った。
それだけの数の「初めまして」を言ってきたのである。
タイに来る前にも、随分名刺を配った。
その前の学生時代は、同じ学部やクラブの先輩後輩、同輩たちと知り合いになっている。
その前の高校や中学、小学校でも、毎年毎年、新しい出会いとさよならを繰り返してきている。
それなのに、まだ「はじめまして」が苦手である。
仕事だけでなく、日常生活でも「初めまして」がある。
何かの「手違い」で一緒に繰らしている、「奥様」との間にも、「初めまして」があったはずである。
どこで、どういう「段取りミス」があったか、覚えていないが、今は一番の身内である。
数年前にやった心臓の手術。その後におこした「心室細動」
ずっと傍にいてくれた家内に何の言葉もかける事が出来ないまま、逝ってしまうところであった。
何かのはずみで「初めまして」をして、運命の悪戯で、ずっと一緒にいる。
家内が実家で暮した年月より、一緒になってからの方がはるかに長くなった。
それも、これも「初めまして」があったからである。
学校の「別れ」はまた会う事のできる可能性がある「別れ」である。
子供たちが家に帰る時の別れは、「明日も会える」別れである。
何の因果で一緒になったのか分からないが、病院のベッドの上での別れは、今生の別れである。
TVのドラマでは、息を引き取る前に言いたい事を全て言って「ガクッ」となる。
実際に体験したら、本人は何も言えなかった。
「初めまして」で始まったら「さようなら」で終わりたい。
できれば、「天国で待っているよ」と言ってみたいのである。
「共白髪まで添い遂げる」と誓った日もあった。
私の一方的な都合でそれもできなくなった。
(だって、白髪の元がなくなったのだ!)
だから、せめて「ありがとう」の一言が言えるようにしたいものだ。
いざ、と言う時、何も言えない、何も出来ない事を経験した。
せめて、生きている間だけでも、ベタベタしていようと思う。
それが、私の「ありがとう」であり「さようなら」である。
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実際には、「ウザッタイ おやじ!」とでも思われているのだろうか。
天国であった時に確認してみようと思っている。
エッ! お前は「地獄」だって。
そうかも知れない。
「初めまして」で知り合った友人の殆どは「地獄」の住人だろうから.....。
友達は「選ばなければならない」。
2009年03月21日
新しいダイエット法?
うわんです。

昔なつかしいリンゴダイエット。
最近話題になったバナナダイエット。
随分努力した人もいるでしょう。
そして......「努力が実を結ばない」と言う事実を実感した人も多い事でしょう。
メタボなどと言うイヤな言葉が流行り、お腹が出ているのは「犯罪」のように悪く言われている。
日本では、どう言う訳か、「恰幅の良いおっさん」と「お金持ち」は裏で悪い事をしていると言う「印象」がある。
遠山の金さんでも、水戸黄門でも、大岡越前でも、悪代官や阿漕なやくざの親分は大抵太っている。
これが、メタボ=悪人 に繋がっているのだろうか?
鼠小僧も、ルパン3世も、怪人20面相も「メタボ」ではない。
古今東西、「大悪人」は痩せているのである。
それなのに、メタボ=悪人っぽい が定着している。
また、新しいダイエット法を見つけた。
「朝キウイダイエット」だそうだ。
果物業界は、朝に果物を食べさせる事で収益の増加を狙っているようである。
私たちのような「メタボ」または「メタボ予備軍」は人が良いから、業界団体の「罠」だと分かっていながら、その罠の引っ掛かるのである。
キウイ 1個
バナナ 半分
レモン汁 小さじ2杯
豆乳 200cc
プレーンヨーグルト 100cc
オリゴ糖 大さじ1杯
これを、ミキサーに入れ滑らかになるまで攪拌して飲むのだそうだ。
これで、どの位のダイエット効果があるのだろう?
この中で、ダイエット効果があるのは豆乳だけのような気もしないではない。
キウイは食物繊維が多いのだそうだ。
ついでに、先日見つけた「信じられない」ダイエット法を紹介しましょう。
名付けて「砂糖ミルク」ダイエット。
牛乳をコップ1杯用意して、温める。
砂糖を小さじ1杯入れて溶かす。
食事の15~20分前に、ゆっくりと飲む。
食事はゆっくり、良く噛んで食べる。
食事の量は、少なめに!!
って言うダイエット。
食事の量を減らした分、砂糖の甘さで血糖値をあげて、食べた気にしてしまうと言う方法。
説明によると、牛乳のカルシウムがイライラを押さえるので、ダイエットできるのだとか。
誰か挑戦してみませんか?
私は、「太ってしまう」と思うのですが........。
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アッ。 キウイは皮を剥いて、固い所を取ってからミキサーにかけるようにとアドバイスがありました。
......キウイの皮って、普通、剥いて使いますよネ。
わざわざ、書かなくてもいいのではないかって思う「うわん」でした。

昔なつかしいリンゴダイエット。
最近話題になったバナナダイエット。
随分努力した人もいるでしょう。
そして......「努力が実を結ばない」と言う事実を実感した人も多い事でしょう。
メタボなどと言うイヤな言葉が流行り、お腹が出ているのは「犯罪」のように悪く言われている。
日本では、どう言う訳か、「恰幅の良いおっさん」と「お金持ち」は裏で悪い事をしていると言う「印象」がある。
遠山の金さんでも、水戸黄門でも、大岡越前でも、悪代官や阿漕なやくざの親分は大抵太っている。
これが、メタボ=悪人 に繋がっているのだろうか?
鼠小僧も、ルパン3世も、怪人20面相も「メタボ」ではない。
古今東西、「大悪人」は痩せているのである。
それなのに、メタボ=悪人っぽい が定着している。
また、新しいダイエット法を見つけた。
「朝キウイダイエット」だそうだ。
果物業界は、朝に果物を食べさせる事で収益の増加を狙っているようである。
私たちのような「メタボ」または「メタボ予備軍」は人が良いから、業界団体の「罠」だと分かっていながら、その罠の引っ掛かるのである。
キウイ 1個
バナナ 半分
レモン汁 小さじ2杯
豆乳 200cc
プレーンヨーグルト 100cc
オリゴ糖 大さじ1杯
これを、ミキサーに入れ滑らかになるまで攪拌して飲むのだそうだ。
これで、どの位のダイエット効果があるのだろう?
この中で、ダイエット効果があるのは豆乳だけのような気もしないではない。
キウイは食物繊維が多いのだそうだ。
ついでに、先日見つけた「信じられない」ダイエット法を紹介しましょう。
名付けて「砂糖ミルク」ダイエット。
牛乳をコップ1杯用意して、温める。
砂糖を小さじ1杯入れて溶かす。
食事の15~20分前に、ゆっくりと飲む。
食事はゆっくり、良く噛んで食べる。
食事の量は、少なめに!!
って言うダイエット。
食事の量を減らした分、砂糖の甘さで血糖値をあげて、食べた気にしてしまうと言う方法。
説明によると、牛乳のカルシウムがイライラを押さえるので、ダイエットできるのだとか。
誰か挑戦してみませんか?
私は、「太ってしまう」と思うのですが........。
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アッ。 キウイは皮を剥いて、固い所を取ってからミキサーにかけるようにとアドバイスがありました。
......キウイの皮って、普通、剥いて使いますよネ。
わざわざ、書かなくてもいいのではないかって思う「うわん」でした。
2009年03月20日
花火
うわんです。

昨年の暮、エカマイのディスコで、新年のカウントダウンに室内で花火をしてかなりの数の人が亡くなったのは記憶に新しい。
昨日から、工場と棟続きの倉庫で、「ピュ~、バンッ!」と花火が鳴っている。
倉庫に入り込んだ「鳩」を追い出そうとしているらしい。
屋根には、風を入れるために隙間が開いている。
鳥除けの金網が張り巡らされているが、どこかに穴があいているようである。
屋根に止まった鳩は歩いて、その穴から入って来ると言う。
で、入ってしまった鳩を花火でおどかして追い出そうと言うのである。
花火の音に驚いた鳩は、飛んで逃げる。
問題はここにある。
入って来る時は、鳩の体が通る程の大きさの穴から入って来るのである。
脅かした鳩は飛んで逃げる。
当然、羽を広げているから、入って来た穴からは逃げられない。
鳩は天井付近を右往左往するだけである。
なぜ、この理屈がわからないのだろう?
今日も、朝から倉庫で花火が上っている。
埼玉県秩父の冬のお祭りで「龍勢」と言うロケット花火のような物を打ち上げるお祭りがある。
倉庫で上げている花火はそれをハンディタイプに小さくしたものである。

円筒形の花火の本体に竹ひごで出来たながい「尻尾」が付いている。
これで、飛んで行く時のバランスを取っているのだろう。
花火本体に付いている短い導火線に火をつけると、ピュ~と言う音と共に数メートルの高さまで飛んで、バンッと破裂する。
竹ひごの尻尾をどこかに差し込んで火を付けるのである。
時々、飛ばない場合もあるらしい。
私が見に行った時、段ボール箱の外側に竹ひごを差し込んでいた。
導火線に火を付けると、結構な勢いで火を噴く。
本来はこの勢いで飛んでいくが、段ボールにしっかり刺さっていた花火はその場で破裂した。
段ボールは丈夫だが「紙」でできている。
基本的には「燃える」のである。
これを見て「ディスコ」の火事を思い出した。
燃えやすい物の近くで火を使う。→ 燃える → 火事。
この簡単な公式がわからない。
困ったタイ人である。
彼らの頭の中には、
鳩 → 脅かす → (たぶん)逃げる
これしか、インプットされていないようである。
「危ない」と言うと、「大丈夫、音だけだから」と言う。
目の前で、火を噴いて飛んでいるのが見えないらしい。
「火を噴いている」と言うと、「火を噴かないと飛ばない」と言い返す。
そのくらいの理屈は私にも分かる。
鳩を追い出すと言う目的の前に、「花火」という手段を思いつき、その他の状況が目に入っていない事が問題なのである。
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ディスコで花火をした奴も、「盛り上がる」事しか考えなかったのだろう。
私と一緒に仕事をしているタイ人は「この程度」なのである。

昨年の暮、エカマイのディスコで、新年のカウントダウンに室内で花火をしてかなりの数の人が亡くなったのは記憶に新しい。
昨日から、工場と棟続きの倉庫で、「ピュ~、バンッ!」と花火が鳴っている。
倉庫に入り込んだ「鳩」を追い出そうとしているらしい。
屋根には、風を入れるために隙間が開いている。
鳥除けの金網が張り巡らされているが、どこかに穴があいているようである。
屋根に止まった鳩は歩いて、その穴から入って来ると言う。
で、入ってしまった鳩を花火でおどかして追い出そうと言うのである。
花火の音に驚いた鳩は、飛んで逃げる。
問題はここにある。
入って来る時は、鳩の体が通る程の大きさの穴から入って来るのである。
脅かした鳩は飛んで逃げる。
当然、羽を広げているから、入って来た穴からは逃げられない。
鳩は天井付近を右往左往するだけである。
なぜ、この理屈がわからないのだろう?
今日も、朝から倉庫で花火が上っている。
埼玉県秩父の冬のお祭りで「龍勢」と言うロケット花火のような物を打ち上げるお祭りがある。
倉庫で上げている花火はそれをハンディタイプに小さくしたものである。

円筒形の花火の本体に竹ひごで出来たながい「尻尾」が付いている。
これで、飛んで行く時のバランスを取っているのだろう。
花火本体に付いている短い導火線に火をつけると、ピュ~と言う音と共に数メートルの高さまで飛んで、バンッと破裂する。
竹ひごの尻尾をどこかに差し込んで火を付けるのである。
時々、飛ばない場合もあるらしい。
私が見に行った時、段ボール箱の外側に竹ひごを差し込んでいた。
導火線に火を付けると、結構な勢いで火を噴く。
本来はこの勢いで飛んでいくが、段ボールにしっかり刺さっていた花火はその場で破裂した。
段ボールは丈夫だが「紙」でできている。
基本的には「燃える」のである。
これを見て「ディスコ」の火事を思い出した。
燃えやすい物の近くで火を使う。→ 燃える → 火事。
この簡単な公式がわからない。
困ったタイ人である。
彼らの頭の中には、
鳩 → 脅かす → (たぶん)逃げる
これしか、インプットされていないようである。
「危ない」と言うと、「大丈夫、音だけだから」と言う。
目の前で、火を噴いて飛んでいるのが見えないらしい。
「火を噴いている」と言うと、「火を噴かないと飛ばない」と言い返す。
そのくらいの理屈は私にも分かる。
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ディスコで花火をした奴も、「盛り上がる」事しか考えなかったのだろう。
私と一緒に仕事をしているタイ人は「この程度」なのである。
2009年03月19日
DVD
うわんです。

タクシーに乗った。
カフーで買い物をした帰りに乗った。
車体の色は青と赤の2色のタクシーであった。
あちこちの部品は色々取り換えてあるようで、微妙(はっきり?)と色が違っている。
座席のスプリングもかなりいい加減になっており、あちこちに亀裂が走っている。
後ろのガラスには「戦国武将」と書かれたステッカーが貼ってある。
ロータスとかカフーのタクシー乗り場には、こういうオンボロなタクシーが客待ちをしている。
近距離でも乗せてくれるが、乗り心地が悪いのであまり長距離は乗りたくない。
カフーから、アパートまでは、1キロちょっとである。
日本なら、荷物を持っていても「歩く」距離である。
タイに馴染んでしまうと、この距離は歩く距離ではなくなってしまっている。
タクシーに乗り込むと、運転手のにーちゃんが、ダッシュボードから「どう見ても違法コピー」ですと言っているDVDを出してきた。
そして、料金を示す機械の上にあるDVDの再生装置に差し込んだ。
数分の間、運転しながら、スイッチをいじっていたら、モニターに映画が映った。

客に見せるためのサービスではない。
タイ語の吹き替えの映画である。
運転をしながら、屈みこむようにして、時々画面を見る。
何が気に入らないのか知らないが、時々他のスイッチを押しては、画面をながめている。
運転をしながらである。
さっきまで、カフーのタクシー乗り場で、何台かのタクシーと一緒にヒマしていたのだから、そのとき「調整」をすれば良いのにと思う。
運転しながら、画面を覗き込むのは危険である。
この、「危険」である事を認識しないで、「危険」な事をする。と言うのは、会社で一緒に仕事をしている作業者にも言える事である。
例えば、写真を見て欲しい。

ヘルメットの長そでのジャンパーを着てバイクに乗っている。
一見すると問題ないようだが、足元はサンダルである。

また、同時に2つの事を並行して出来ないというのも、今までの経験で知っている。
どうでも良い事と、重要な事を同時に並行して行うばあい、8割以上の確率で、どうでも良い方を優先し、重要な方を間違えるのである。
このタクシーの車体の色が青と赤を基調にしながら、バラエティーに富んだ色をしているのも、理解できる。
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恐ろしく年季の入った、タクシー。
比較的新しいタクシーと、同じ料金である。
なんか、損をした気分になるのは私だけだろうか?

タクシーに乗った。
カフーで買い物をした帰りに乗った。
車体の色は青と赤の2色のタクシーであった。
あちこちの部品は色々取り換えてあるようで、微妙(はっきり?)と色が違っている。
座席のスプリングもかなりいい加減になっており、あちこちに亀裂が走っている。
後ろのガラスには「戦国武将」と書かれたステッカーが貼ってある。
ロータスとかカフーのタクシー乗り場には、こういうオンボロなタクシーが客待ちをしている。
近距離でも乗せてくれるが、乗り心地が悪いのであまり長距離は乗りたくない。
カフーから、アパートまでは、1キロちょっとである。
日本なら、荷物を持っていても「歩く」距離である。
タイに馴染んでしまうと、この距離は歩く距離ではなくなってしまっている。
タクシーに乗り込むと、運転手のにーちゃんが、ダッシュボードから「どう見ても違法コピー」ですと言っているDVDを出してきた。
そして、料金を示す機械の上にあるDVDの再生装置に差し込んだ。
数分の間、運転しながら、スイッチをいじっていたら、モニターに映画が映った。

客に見せるためのサービスではない。
タイ語の吹き替えの映画である。
運転をしながら、屈みこむようにして、時々画面を見る。
何が気に入らないのか知らないが、時々他のスイッチを押しては、画面をながめている。
運転をしながらである。
さっきまで、カフーのタクシー乗り場で、何台かのタクシーと一緒にヒマしていたのだから、そのとき「調整」をすれば良いのにと思う。
運転しながら、画面を覗き込むのは危険である。
この、「危険」である事を認識しないで、「危険」な事をする。と言うのは、会社で一緒に仕事をしている作業者にも言える事である。
例えば、写真を見て欲しい。

ヘルメットの長そでのジャンパーを着てバイクに乗っている。
一見すると問題ないようだが、足元はサンダルである。

また、同時に2つの事を並行して出来ないというのも、今までの経験で知っている。
どうでも良い事と、重要な事を同時に並行して行うばあい、8割以上の確率で、どうでも良い方を優先し、重要な方を間違えるのである。
このタクシーの車体の色が青と赤を基調にしながら、バラエティーに富んだ色をしているのも、理解できる。
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恐ろしく年季の入った、タクシー。
比較的新しいタクシーと、同じ料金である。
なんか、損をした気分になるのは私だけだろうか?
2009年03月18日
木偶の坊
うわんです。

夕方、帰宅の道。
スクムビットから、アパートのあるソイに曲がろうとすると、いつものように渋滞である。
交差点の中にまだ車があるのに、信号が変われば、車と車の隙間に、無理やり突っ込んで行く。
交差点から出て行く車の数より、入ってくる車の数が多いから、交差点内は身動きが取れない。
対向車線も進路に車があるので、信号が変わっても、動けない。
ひとつ向こうの信号でも、同じような現象が起きている。
向こうの信号とこちらの信号のところで、巴になってどこも動けない状態である。
バイクは、動けない車の間を縫うように行く。
歩行者は、車の前をゆっくり横断して行く。
こうなると、10分や20分は止まってしまう。
道路の脇には、駐停車禁止の標識がある。
市の職員が駐車違反の「罰金」を集めに来そうな雰囲気である。
いつもなら、「木偶の坊」のようなオマワリが、目の前の状況だけを見て、適当に渋滞を捌くのである。
隣の信号との連携がいい加減だから、少しでも流れている時には、かえって渋滞を引き起こす。
ここまで詰まると、1台でも、交差点から出た方が良いから、まったく「木偶の坊」と言う訳ではない。
一応、ピストルも持っている「公式」の警察官である。
他の信号の混雑との連携は悪くても、今、この場だけなら、信号の色に関係無く、車を止めたり、進めたりする事ができる。
右折しようと、待っていると突然「曲がるな! 直進しろ!」と無茶な指示を出す事もある。
これをされると、次の信号まで行ってUターンしなければならなくなる。
方向指示器を出して、右折しようとして、交差点の一番前で止まっている時にこの「無茶」な指示がでる。
止まっている車の前に1台分の隙間が出来た時である。
直進したがっている車を出してあげれば良いのに、右折の意思を示している、こっちの車に「直進」の命令を出すのである。
これで、1時間は余分にかかる事になる。
ちらっと見たら、交差点近くの歩道に警官が立っている。
この渋滞で、警官はいると言うことは、別な警官が交差点の中にいて、交通整理?をしているのかも知れない。
でも、ここまで混雑すると、交通整理をしている警官の「処理能力」はたいした事はない。
道路脇の警官も「ボー」と立っていないで、手助けをしてやれヨ。とか思っていた。
もっとも、能力の無い警官が2人も交差点内にいたら、余計に混乱するかも知れない。

って、良くみたら、「木偶の坊」の警官を模した本物の「木偶の坊」であった。
タイも警官が足りないのであろうか?
こんなリアルな人形を作らなければならないとは......。
きっと、犯罪や違反の「抑止効果」があると言うのだろうナ。
実際にはどの位の効果があるのだろう。
始めは驚くが、2回目は驚かない。
そのうち、人形にいたずらする奴らも出てくるだろう。
人形だと思っていたら、「人間」だったなんて「事件」が起こらなければ良いが.........。
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人形による「抑止効果」。
人形を置いて、本物の警官を減らせば、警官による犯罪は減るだろう。
「抑止効果」の主眼は「そこ」にあったりして。

夕方、帰宅の道。
スクムビットから、アパートのあるソイに曲がろうとすると、いつものように渋滞である。
交差点の中にまだ車があるのに、信号が変われば、車と車の隙間に、無理やり突っ込んで行く。
交差点から出て行く車の数より、入ってくる車の数が多いから、交差点内は身動きが取れない。
対向車線も進路に車があるので、信号が変わっても、動けない。
ひとつ向こうの信号でも、同じような現象が起きている。
向こうの信号とこちらの信号のところで、巴になってどこも動けない状態である。
バイクは、動けない車の間を縫うように行く。
歩行者は、車の前をゆっくり横断して行く。
こうなると、10分や20分は止まってしまう。
道路の脇には、駐停車禁止の標識がある。
市の職員が駐車違反の「罰金」を集めに来そうな雰囲気である。
いつもなら、「木偶の坊」のようなオマワリが、目の前の状況だけを見て、適当に渋滞を捌くのである。
隣の信号との連携がいい加減だから、少しでも流れている時には、かえって渋滞を引き起こす。
ここまで詰まると、1台でも、交差点から出た方が良いから、まったく「木偶の坊」と言う訳ではない。
一応、ピストルも持っている「公式」の警察官である。
他の信号の混雑との連携は悪くても、今、この場だけなら、信号の色に関係無く、車を止めたり、進めたりする事ができる。
右折しようと、待っていると突然「曲がるな! 直進しろ!」と無茶な指示を出す事もある。
これをされると、次の信号まで行ってUターンしなければならなくなる。
方向指示器を出して、右折しようとして、交差点の一番前で止まっている時にこの「無茶」な指示がでる。
止まっている車の前に1台分の隙間が出来た時である。
直進したがっている車を出してあげれば良いのに、右折の意思を示している、こっちの車に「直進」の命令を出すのである。
これで、1時間は余分にかかる事になる。
ちらっと見たら、交差点近くの歩道に警官が立っている。
この渋滞で、警官はいると言うことは、別な警官が交差点の中にいて、交通整理?をしているのかも知れない。
でも、ここまで混雑すると、交通整理をしている警官の「処理能力」はたいした事はない。
道路脇の警官も「ボー」と立っていないで、手助けをしてやれヨ。とか思っていた。
もっとも、能力の無い警官が2人も交差点内にいたら、余計に混乱するかも知れない。

って、良くみたら、「木偶の坊」の警官を模した本物の「木偶の坊」であった。
タイも警官が足りないのであろうか?
こんなリアルな人形を作らなければならないとは......。
きっと、犯罪や違反の「抑止効果」があると言うのだろうナ。
実際にはどの位の効果があるのだろう。
始めは驚くが、2回目は驚かない。
そのうち、人形にいたずらする奴らも出てくるだろう。
人形だと思っていたら、「人間」だったなんて「事件」が起こらなければ良いが.........。
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人形による「抑止効果」。
人形を置いて、本物の警官を減らせば、警官による犯罪は減るだろう。
「抑止効果」の主眼は「そこ」にあったりして。
2009年03月17日
快感
うわんです。

快感 !!
と言っても、若い娘さんとニャンニャンした(古ッ!)のではない。
少し若くない娘さんや、少し若いおばさんとそう言う事をしたと言うのでもない。
もし、万が一、そう言う事があったとしても、ここには書かない。
黙って、密かに楽しむだろう。
では、何が「快感」だったのか。
ボールペンである。
ボールペンを使い切ったのである。
これは、結構「快感」である。
正確な事は覚えていないが、恐らく半年以上も前であろう。
1本の新しいボールペンを買った。
普通のタイ人の作業者が多い私の職場では、ボールペンやシャープペンが直ぐになくなってしまう。
誰かの胸のポケットに入っていたりすれば、直ぐに取り戻す。
殆どの場合出て来ない。
ちょっと洒落た物を持っていると「チョーダイ」となる。
最近は、安いボールペンを買うようにしている。
タイでは、サインをする時「青」のボールペンを使う事が多い。
お役所に出す書類も一枚一枚にサインが必要になる。
パスポートのコピーやワークパーミットのコピーにも、一枚一枚全てにサインが要る。
1度サインをした書類をコピーした場合にもサインが必要である。
この時、コピーの紙には、原紙の方にしたサインが黒くなり、それを承認したコピー後のサインは青なので見分けが付くと言う仕組みである。
会社の書類にも、サインが要る。
3枚綴りのカーボンコピーの用紙が使われる。
だから、万年筆のようなヤワなものでは転写できない。
ボールペンで書かなければならない。
ずっと使っていたボールペンはたぶん中国製。
「真彩」と銘が印刷されている。
ステッカーには「君豪中性笔 GEL PEN」となっている。

日本製の少し高価なボールペンでも、ペン先のボールが回らなくなったりして、随分もったいない思いをしてきた。
それが、久しぶりに使い切ったのである。

タイに来てから、恐らく初めての事である。
久しぶりに使い切ったボールペン。
もう書けないのだが、嬉しくて、勿体なくて捨てられずにいた。
この記事を書いてようやく、ふんぎりがついた。
「ごくろうさん」と言って、ゴミ箱に捨てた。
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そう言えば、日本で書類を書く時は、「黒」と指定されている事が多いと記憶している。
書き間違えると、「取り消し線」を引き、訂正印を押す。
タイでは、「修正液」、タイ人の発音を聞いていると「リクィッド」と聞こえる。
お役所に出す書類でも、平気で修正液をベタベタと塗る。
最終的に書かれた物が正しければ「問題は無い」。 合理的ではある。
でも、お役所の書類の多さは「合理的」とは思えない。

快感 !!
と言っても、若い娘さんとニャンニャンした(古ッ!)のではない。
少し若くない娘さんや、少し若いおばさんとそう言う事をしたと言うのでもない。
もし、万が一、そう言う事があったとしても、ここには書かない。
黙って、密かに楽しむだろう。
では、何が「快感」だったのか。
ボールペンである。
ボールペンを使い切ったのである。
これは、結構「快感」である。
正確な事は覚えていないが、恐らく半年以上も前であろう。
1本の新しいボールペンを買った。
普通のタイ人の作業者が多い私の職場では、ボールペンやシャープペンが直ぐになくなってしまう。
誰かの胸のポケットに入っていたりすれば、直ぐに取り戻す。
殆どの場合出て来ない。
ちょっと洒落た物を持っていると「チョーダイ」となる。
最近は、安いボールペンを買うようにしている。
タイでは、サインをする時「青」のボールペンを使う事が多い。
お役所に出す書類も一枚一枚にサインが必要になる。
パスポートのコピーやワークパーミットのコピーにも、一枚一枚全てにサインが要る。
1度サインをした書類をコピーした場合にもサインが必要である。
この時、コピーの紙には、原紙の方にしたサインが黒くなり、それを承認したコピー後のサインは青なので見分けが付くと言う仕組みである。
会社の書類にも、サインが要る。
3枚綴りのカーボンコピーの用紙が使われる。
だから、万年筆のようなヤワなものでは転写できない。
ボールペンで書かなければならない。
ずっと使っていたボールペンはたぶん中国製。
「真彩」と銘が印刷されている。
ステッカーには「君豪中性笔 GEL PEN」となっている。

日本製の少し高価なボールペンでも、ペン先のボールが回らなくなったりして、随分もったいない思いをしてきた。
それが、久しぶりに使い切ったのである。

タイに来てから、恐らく初めての事である。
久しぶりに使い切ったボールペン。
もう書けないのだが、嬉しくて、勿体なくて捨てられずにいた。
この記事を書いてようやく、ふんぎりがついた。
「ごくろうさん」と言って、ゴミ箱に捨てた。
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そう言えば、日本で書類を書く時は、「黒」と指定されている事が多いと記憶している。
書き間違えると、「取り消し線」を引き、訂正印を押す。
タイでは、「修正液」、タイ人の発音を聞いていると「リクィッド」と聞こえる。
お役所に出す書類でも、平気で修正液をベタベタと塗る。
最終的に書かれた物が正しければ「問題は無い」。 合理的ではある。
でも、お役所の書類の多さは「合理的」とは思えない。
2009年03月16日
キャラ弁
うわんです。

レストランなどに入って、料理が出てくるのを待ちながら、回りを見るとタイ人の家族が食事をしている所に遭遇する事がある。
ここは、タイなのだから「当たり前」ではある。
子供は、自由に店内を駆け回る。
その子供をおいかけて、捕まえた所で、食事を与えようとする。
これが特殊な事例なのか、一般的な事例なのかは知らない。
レストランだから、子供がはしゃいでそうなるとは、考え難い。
きっと、日常生活でも、そうやって食事を与えているのだろう。
先日、このブログに「お弁当」の話を書いた。
お弁当の写真も載せたが、面白い写真ではない。
日本では、幼稚園のお弁当などに、漫画のキャラクターを模して形をつくる「キャラ弁」なる物があると聞く。
何とかして、子供の気を引いて、ご飯を食べて貰おうと言う親の魂胆である。
腹を空かせば、子供は食事をするだろうと考えるのは「古い」考え方なのだろう。
いつでも、どこでも食事以外の食べ物がある時代である。
自分の子供の頃を思い出して見る。
普段は何を食べていたのだろう?
お菓子類は殆ど「甘い」ものであった。
ポテトチップスとかかっぱえびせんとか「ショッパイもの」がおやつになったのは何時の頃だろうか?
小学校の頃、学校から帰ってくると、そのまま台所に行き、冷たくなった味噌汁の残りを啜ったのを覚えている。
アルミの鍋にお玉が差しこんであり、立ったまま、そのお玉から直接残りすくない具とともに味噌汁を啜るのである。
大根を煮詰めた独特の匂いや、甘くなったキャベツや玉ねぎの味噌汁が好きであった。
ご飯が残っていた時は、塩むすびにしてあり、それも一緒に食べたものである。
腹が減れば、何でも食べると言う発想はその辺から来ているのだろうか?
今は、飽食の時代なのだそうだ。
確かに、無理に3食たべなくても、好きな時に適当に食べる事ができる。
家族で食卓を囲むなんて言う事も難しい時代である。
大人は、仕事で不在。
子供は塾や習い事で忙しい。
今、おっさんとして、タイの子供たちのレストランでの不作法を嘆いているが、日本人だって同じようになっている。
両親と一緒に食事に来ている日本人の子供は、タイ人の子供のように走りまわらない。
なぜなら、携帯用のゲーム機に釘付けになっているからである。
走るか、座っているかの違いだけで、「食事に集中」している訳ではない。
食事の時に何とか食事に集中して欲しいのは、親として、日本人もタイ人も一緒である。
だから、同じ発想のキャラ弁が出てくるのであろう。
写真は、カフーで見つけた「キャラ弁」である。
漫画の主人公を模しているのではないが、発想は同じである。



日本だって、一昔前の幼稚園用のお弁当は、こんなものであった。
色付きの米を使って、色々工夫してある。
ごはんが編みぐるみのようにも見える。
もしかすると、子供用ではなく、中学生や高校生の女の子が対象なのかも知れない。
こうやって、軟弱な文化が広まっていくのだろう。
今は美味しい物がたくさんある。
「今日は、何が良い?」と言う質問に「これが食べたい」と答えられる物がなくなっている。
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じゃ、どんな物が美味しいと感じるのか?
私は、今だに「つまみ喰い」である。
テーブルの上に用意された、から揚げをひょいとつまんで口に入れる。
これが、美味しいのである。
私は、一家の主だから、堂々とから揚げを食べる事ができる。
でも、ちゃんと食べる前にする「つまみ喰い」は実に「甘露」である。
そうは、思いませんか?

レストランなどに入って、料理が出てくるのを待ちながら、回りを見るとタイ人の家族が食事をしている所に遭遇する事がある。
ここは、タイなのだから「当たり前」ではある。
子供は、自由に店内を駆け回る。
その子供をおいかけて、捕まえた所で、食事を与えようとする。
これが特殊な事例なのか、一般的な事例なのかは知らない。
レストランだから、子供がはしゃいでそうなるとは、考え難い。
きっと、日常生活でも、そうやって食事を与えているのだろう。
先日、このブログに「お弁当」の話を書いた。
お弁当の写真も載せたが、面白い写真ではない。
日本では、幼稚園のお弁当などに、漫画のキャラクターを模して形をつくる「キャラ弁」なる物があると聞く。
何とかして、子供の気を引いて、ご飯を食べて貰おうと言う親の魂胆である。
腹を空かせば、子供は食事をするだろうと考えるのは「古い」考え方なのだろう。
いつでも、どこでも食事以外の食べ物がある時代である。
自分の子供の頃を思い出して見る。
普段は何を食べていたのだろう?
お菓子類は殆ど「甘い」ものであった。
ポテトチップスとかかっぱえびせんとか「ショッパイもの」がおやつになったのは何時の頃だろうか?
小学校の頃、学校から帰ってくると、そのまま台所に行き、冷たくなった味噌汁の残りを啜ったのを覚えている。
アルミの鍋にお玉が差しこんであり、立ったまま、そのお玉から直接残りすくない具とともに味噌汁を啜るのである。
大根を煮詰めた独特の匂いや、甘くなったキャベツや玉ねぎの味噌汁が好きであった。
ご飯が残っていた時は、塩むすびにしてあり、それも一緒に食べたものである。
腹が減れば、何でも食べると言う発想はその辺から来ているのだろうか?
今は、飽食の時代なのだそうだ。
確かに、無理に3食たべなくても、好きな時に適当に食べる事ができる。
家族で食卓を囲むなんて言う事も難しい時代である。
大人は、仕事で不在。
子供は塾や習い事で忙しい。
今、おっさんとして、タイの子供たちのレストランでの不作法を嘆いているが、日本人だって同じようになっている。
両親と一緒に食事に来ている日本人の子供は、タイ人の子供のように走りまわらない。
なぜなら、携帯用のゲーム機に釘付けになっているからである。
走るか、座っているかの違いだけで、「食事に集中」している訳ではない。
食事の時に何とか食事に集中して欲しいのは、親として、日本人もタイ人も一緒である。
だから、同じ発想のキャラ弁が出てくるのであろう。
写真は、カフーで見つけた「キャラ弁」である。
漫画の主人公を模しているのではないが、発想は同じである。



日本だって、一昔前の幼稚園用のお弁当は、こんなものであった。
色付きの米を使って、色々工夫してある。
ごはんが編みぐるみのようにも見える。
もしかすると、子供用ではなく、中学生や高校生の女の子が対象なのかも知れない。
こうやって、軟弱な文化が広まっていくのだろう。
今は美味しい物がたくさんある。
「今日は、何が良い?」と言う質問に「これが食べたい」と答えられる物がなくなっている。
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じゃ、どんな物が美味しいと感じるのか?
私は、今だに「つまみ喰い」である。
テーブルの上に用意された、から揚げをひょいとつまんで口に入れる。
これが、美味しいのである。
私は、一家の主だから、堂々とから揚げを食べる事ができる。
でも、ちゃんと食べる前にする「つまみ喰い」は実に「甘露」である。
そうは、思いませんか?
2009年03月14日
好き嫌い
うわんです。

食べ物で好き嫌いはありますか?
実家で生活していた時には、「何でも食べる」と言われていた。
出てくる料理、その素材について「あれが嫌い、これは食べない」などと言う事はなかった。
大学生になって、「下宿」生活をした途端、「食べられない」物が多い事に気がついた。
何の事はない、実家での食事では「嫌いな物」が出て来なかっただけである。
また、味付けなどによっても、今まで平気だった物が、食べるのに「努力」が必要な物になったりした。
でも、元々が「イヤシイ」ので、何とか食べる事が出来るようになった。
今、タイで生活していると、思いもかけない物を驚くような調理と味付けで食べる事が多くなり、小学校の栄養士のように、無条件で「好き嫌い」がいけないとは言えなくなっている。
私の家内の両親は学校の先生であった。
4人兄弟の一番下。通常なら、生存競争が激しく好き嫌いがないはずである。
この、兄弟が結構好き嫌いが多く、家庭で登場しない食材が多かったようである。
だから、好き嫌い以前の問題で「食べた事が無い」と言うのも多かった。
「亭主の好きな赤烏帽子」ではないが、何でも食べる私に付き合う内に何でも食べられるようになったようである。
だから、子供たちも、ピーマン、ニンジンなんでもOKになった。
女の子だけは、中学位になると、少し好き嫌いを言うようになった。
これは、女の子としてのファッションのようなものであろう。
高校から、日本へ行き、家内の実家でお世話になったが、好き嫌いの多い家庭に入った「何でもござれ」の娘はそれなりに苦労したようである。
たまに帰ってくると、「レバーかつ」が食べたいだとか「もつ煮込み」が食べたいなどと言う。
年頃の女の子のリクエストとも思えない「おっさん」趣味である。
場所が変われば、食材も変わる。
エッ~と思うような物もある。
この写真は、先日カフーで撮ったものである。
パックされて冷凍食品売り場に並べてあった。
いのしし、蛙、しか、やぎ、わにである。



この他に、ダチョウやウサギの肉なども売っている。
特に、「げてもの」と言うわけではない。
普通に食べられる食材であるが、日本の家庭で出てくる食材ではない。
インターネットで、これらの食材の調理法のレシピを探してみたが、なかなか見つからない。
これらの肉は興味本位で一通り口にした経験がある。
家内に言えば、鼻でわらって即「却下」であろう。
幸いにして、11日から、しばらくの間、家内が日本へ行く。
このチャンスにこれらをまとめて制覇しようと企んでいる。
一人では、寂しいので、息子を騙して付き合せようと思っている。
何事も経験であるとか言って........
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野菜も喰わにゃだちかんゾ~ ってか。

食べ物で好き嫌いはありますか?
実家で生活していた時には、「何でも食べる」と言われていた。
出てくる料理、その素材について「あれが嫌い、これは食べない」などと言う事はなかった。
大学生になって、「下宿」生活をした途端、「食べられない」物が多い事に気がついた。
何の事はない、実家での食事では「嫌いな物」が出て来なかっただけである。
また、味付けなどによっても、今まで平気だった物が、食べるのに「努力」が必要な物になったりした。
でも、元々が「イヤシイ」ので、何とか食べる事が出来るようになった。
今、タイで生活していると、思いもかけない物を驚くような調理と味付けで食べる事が多くなり、小学校の栄養士のように、無条件で「好き嫌い」がいけないとは言えなくなっている。
私の家内の両親は学校の先生であった。
4人兄弟の一番下。通常なら、生存競争が激しく好き嫌いがないはずである。
この、兄弟が結構好き嫌いが多く、家庭で登場しない食材が多かったようである。
だから、好き嫌い以前の問題で「食べた事が無い」と言うのも多かった。
「亭主の好きな赤烏帽子」ではないが、何でも食べる私に付き合う内に何でも食べられるようになったようである。
だから、子供たちも、ピーマン、ニンジンなんでもOKになった。
女の子だけは、中学位になると、少し好き嫌いを言うようになった。
これは、女の子としてのファッションのようなものであろう。
高校から、日本へ行き、家内の実家でお世話になったが、好き嫌いの多い家庭に入った「何でもござれ」の娘はそれなりに苦労したようである。
たまに帰ってくると、「レバーかつ」が食べたいだとか「もつ煮込み」が食べたいなどと言う。
年頃の女の子のリクエストとも思えない「おっさん」趣味である。
場所が変われば、食材も変わる。
エッ~と思うような物もある。
この写真は、先日カフーで撮ったものである。
パックされて冷凍食品売り場に並べてあった。
いのしし、蛙、しか、やぎ、わにである。



この他に、ダチョウやウサギの肉なども売っている。
特に、「げてもの」と言うわけではない。
普通に食べられる食材であるが、日本の家庭で出てくる食材ではない。
インターネットで、これらの食材の調理法のレシピを探してみたが、なかなか見つからない。
これらの肉は興味本位で一通り口にした経験がある。
家内に言えば、鼻でわらって即「却下」であろう。
幸いにして、11日から、しばらくの間、家内が日本へ行く。
このチャンスにこれらをまとめて制覇しようと企んでいる。
一人では、寂しいので、息子を騙して付き合せようと思っている。
何事も経験であるとか言って........
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野菜も喰わにゃだちかんゾ~ ってか。
2009年03月13日
空港
うわんです。

久しぶりに空港へ行った。
出発ロビーは昨年の10月21日以来である。
仕事の関係で、日本へ出張する時はTG便を使っている。
前回、出発したときは、ボーディングカウンターは「B」であったと記憶している。
今回は、私が行くのではなく家内が日本へ行く。
それの見送りを兼ねて行ったのである。
便はTGである。
ボーディングカウンターは「J」になっていた。
出発ロビーの真ん中と言うわけではない。
カウンターはAからWまである。
この空港。開港した時は、「見た目」の良さが特徴であった。
実際に使ってみると、不便この上ない空港である。
まず、入口の回転ドア。
大きな荷物を運んだりカートを押して来るのは空港の宿命で、分かり切った事である。
それなのに、回転ドア。
カート1台で満員になる出入り口って国際空港としてはどうなのかな?って疑問だった。
今回、行ったら回転ドアが改造されていた。
回転ドアを止めて、スライド式の自動ドアになっていた。
でも、全部の入り口を改造したのでは無いようだ。
きっと、これでもクレームが来たら、更に改造するのだろう。
落ち着いた所で、前箇所改造するつもりなのかもしれない。
更に、ボーディングカウンターの前はパッセンジャーのみ入場できるようになっている。
見送り人は入れないと書いてある。
これも、全カウンターがそうなっているのではない。
混雑するTGのカウンターだけである。
TG便を一番使うのはタイ人だろう。
そのタイ人たちが、そんな看板を気にするわけもなく、ボーディングカウンターの前はパッセンジャーと見送りの人ですさまじい混雑であった。
これも、近い内に改善される事だろう。
トイレは改善されたようである。
スワンナプーム空港の特徴は数が少ない、見つけにくい。であった。
トイレの数は同じだが、一回に処理できる「朝顔」の数は増えている。
改悪になっているのは、パスポートコントロールである。
以前は中央にあったのだが、入口で、係員がここではない、あっちだと指をさす。
指された方に移動するが見つからない。
途中に、ファーストクラス用のパスポートコントロールがある。
ファーストクラスは優遇されても良いとは思うが、利用する人の比率はどちらが多いのだろうか?
圧倒的に私のような「エコノミー」派が多いのではないか?
その多数派を冷遇するように、カウンター「W」の前にパスポートコントロールの入り口が移動している。
選挙で多数の表を集めた政党をクーデターでひっくり返したり、その後「民主選挙」の名で行われた選挙の結果を、首相官邸を占拠したり、空港を占拠したりして、多数派を無視するのは、タイの「特性」であろうか?
場所が変わるのは、空港の都合でしょうがないのかも知れない。
でも、案内板くらいは出しても「罰」はあたらないと思う。
個々には「改善?」されているようだが、全体として使い勝手が悪くなっているような気がする。
ボーディングチケットに変るのに、30分。
パスポートコントロールで45分。
到着ロビーの改造はもっと激しい。
開港当初は3箇所あった出口を一つにまとめてしまった。
通路を使えなくして、両端からしか出られないようになってしまった。
ドンムアンの時も同様な仕組みであったが、スワンナプームは広さがちがう。
端から恥まで行ったり来たりするだけで、疲労コンパイである。
もったいない事に、10か所あった出口をふさいで、両端の2か所だけにしてある。
しかも、回転ドアである。
デザイン優先で、雨漏りのする国際空港は、未だに改造を繰り返している「開発途上」の空港である。
何か改造するたびに、移動距離が増える。
むやみに大きいこの空港は使う人の迷惑を考えていない、「タイ」人のような空港である。
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そう言えば、バンナーに、ギネスブックに載った世界一「広い」レストランと言うのかある。
今は、「世界一」ではなくなったらしいが、「広いレストラン」は、客がひたすら歩くレストランでもある。
店員はローラースケートを使っていた。

久しぶりに空港へ行った。
出発ロビーは昨年の10月21日以来である。
仕事の関係で、日本へ出張する時はTG便を使っている。
前回、出発したときは、ボーディングカウンターは「B」であったと記憶している。
今回は、私が行くのではなく家内が日本へ行く。
それの見送りを兼ねて行ったのである。
便はTGである。
ボーディングカウンターは「J」になっていた。
出発ロビーの真ん中と言うわけではない。
カウンターはAからWまである。
この空港。開港した時は、「見た目」の良さが特徴であった。
実際に使ってみると、不便この上ない空港である。
まず、入口の回転ドア。
大きな荷物を運んだりカートを押して来るのは空港の宿命で、分かり切った事である。
それなのに、回転ドア。
カート1台で満員になる出入り口って国際空港としてはどうなのかな?って疑問だった。
今回、行ったら回転ドアが改造されていた。
回転ドアを止めて、スライド式の自動ドアになっていた。
でも、全部の入り口を改造したのでは無いようだ。
きっと、これでもクレームが来たら、更に改造するのだろう。
落ち着いた所で、前箇所改造するつもりなのかもしれない。
更に、ボーディングカウンターの前はパッセンジャーのみ入場できるようになっている。
見送り人は入れないと書いてある。
これも、全カウンターがそうなっているのではない。
混雑するTGのカウンターだけである。
TG便を一番使うのはタイ人だろう。
そのタイ人たちが、そんな看板を気にするわけもなく、ボーディングカウンターの前はパッセンジャーと見送りの人ですさまじい混雑であった。
これも、近い内に改善される事だろう。
トイレは改善されたようである。
スワンナプーム空港の特徴は数が少ない、見つけにくい。であった。
トイレの数は同じだが、一回に処理できる「朝顔」の数は増えている。
改悪になっているのは、パスポートコントロールである。
以前は中央にあったのだが、入口で、係員がここではない、あっちだと指をさす。
指された方に移動するが見つからない。
途中に、ファーストクラス用のパスポートコントロールがある。
ファーストクラスは優遇されても良いとは思うが、利用する人の比率はどちらが多いのだろうか?
圧倒的に私のような「エコノミー」派が多いのではないか?
その多数派を冷遇するように、カウンター「W」の前にパスポートコントロールの入り口が移動している。
選挙で多数の表を集めた政党をクーデターでひっくり返したり、その後「民主選挙」の名で行われた選挙の結果を、首相官邸を占拠したり、空港を占拠したりして、多数派を無視するのは、タイの「特性」であろうか?
場所が変わるのは、空港の都合でしょうがないのかも知れない。
でも、案内板くらいは出しても「罰」はあたらないと思う。
個々には「改善?」されているようだが、全体として使い勝手が悪くなっているような気がする。
ボーディングチケットに変るのに、30分。
パスポートコントロールで45分。
到着ロビーの改造はもっと激しい。
開港当初は3箇所あった出口を一つにまとめてしまった。
通路を使えなくして、両端からしか出られないようになってしまった。
ドンムアンの時も同様な仕組みであったが、スワンナプームは広さがちがう。
端から恥まで行ったり来たりするだけで、疲労コンパイである。
もったいない事に、10か所あった出口をふさいで、両端の2か所だけにしてある。
しかも、回転ドアである。
デザイン優先で、雨漏りのする国際空港は、未だに改造を繰り返している「開発途上」の空港である。
何か改造するたびに、移動距離が増える。
むやみに大きいこの空港は使う人の迷惑を考えていない、「タイ」人のような空港である。
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そう言えば、バンナーに、ギネスブックに載った世界一「広い」レストランと言うのかある。
今は、「世界一」ではなくなったらしいが、「広いレストラン」は、客がひたすら歩くレストランでもある。
店員はローラースケートを使っていた。
2009年03月12日
季節はずれ
うわんです。

日に日に暑さが増している。
時々、思い出したように「雨」が降る。
雨が降ると蒸し暑さが一層厳しくなる。
こうなって来ると、毎週のスーパーマーケット巡りも、「避暑」の様相となる。
ロータスやカフーは「冷え冷え度」が今一つなので、エンポリに行く事が多くなる。
ブログのネタは、ロータスとかカフーの方が多いのだが、暑さ対策ではしょうがない。
3月も半ばになろうと言うのに、季節はずれの物を見つけた。
タイに来た事のある人なら、「季節はずれ」など珍しく無いと思う人もいるだろう。
果物売り場には、この時期でも、スイカや桃、イチゴ、梨、柿などが並んでいる。
春も秋も夏も一緒である。
でも、今日見たのは、かなり「期間限定」の商品である。
日本で、この時期に売っているものではないし、この時期「買おう」とするのもでもない。

御供え餅。
最近のお供え餅は、プラスチックで完全包装されているから、カビの心配はない。
いくら、カビの心配が無くても「お供え餅」である。
三方に乗って紅白に飾られたものである。
今時、こんな物を欲しがるのは、日本の雰囲気を作り出したい、新装開店するローカルの日本食屋の経営者くらいだろう。
日本でも、タイでも、切り餅はお正月以外でも食べるようになった。
かく言う私も、磯部巻きやお汁粉風の餅なら、いつでもOKである。
さて、このお供え餅を買って、どこに飾るのが正しいのだろうか?
元々、五穀豊穣を祈念するのだから「神前」に飾るものだろう。
なんとなく「仏壇」ではないだろうと思う。
一般の家庭で「神前」と言うと「神棚」であろうか。
とは、言っても神棚のある家を最近は見た事がない。
私がタイに来る前に住んでいた埼玉のど田舎(群馬との境)では、農家が多かったせいもあるのだろうが、ホームセンターに神棚が売られていた。
また、毎年、「火伏せ」のお札とか「雷除け」のお札を町内会の人が売りに来たものである。
そんな「お札」を買って祀っておける人は、神棚に不自由はないだろう。
私の育った環境には、神棚は存在しなかった。
高校生の頃、「米屋」でアルバイトをしていた時期がある。
年末になると、お客さんの家をまわり、餅の注文を取ったものである。
その時に、お供え餅の注文を一緒に聞くのである。
注文の方法は「○合」のをいくつと言う方法である。
「2合を4つと1升のお供えを1つ」と行った風である。
その頃には、米屋での餅は機械で作っていた。
昼間は普通の「米屋」をやっていて、夜になると次の日配達する餅を作るのである。
半日以上、水に浸したもち米を大きな蒸篭で蒸し、それを機械にぶち込むのである。
グワングワンと機械がうなりをあげると、下の方から、熱い餅がニョロニョロと出てくる。
仙台の方は、切り餅であるので、これを餅の横幅に相当する厚みにするのである。
重さを計って、餅取り粉をひいた木の箱にいれ、木の蓋をして、上下左右に揺るのである。
そうすると、だいたい同じ厚さの餅の座布団が出来上るのである。
四隅をちゃんと角になるように成形する。
これを各家庭に配達するのである。
家庭では、包丁などを使って適当な大きさに切るのである。
お供え餅の方は、ニョロニョロと出てきた餅を計り、6:4くらいに分け丸めて行く。
大きなお供え餅には「砂糖」を混ぜる習慣があった。
これは、仙台の習慣なのであろうか?
神前に供える大きなお供え餅にだけ、砂糖を混ぜた。
砂糖を混ぜた餅は熱く、手にくっつくのである。
手を水で冷やすと、餅の表面が固くなり、艶のあるお供えが作れない。
寒い、東北の冬の夜中、砂糖入りのお供えを作る時は「アッチー」と言いながら作ったものである。
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今日見た、パック入りのお供え餅には、砂糖は入っていないだろう。
でも、メーカーは「サトウ」だと書いてある。

日に日に暑さが増している。
時々、思い出したように「雨」が降る。
雨が降ると蒸し暑さが一層厳しくなる。
こうなって来ると、毎週のスーパーマーケット巡りも、「避暑」の様相となる。
ロータスやカフーは「冷え冷え度」が今一つなので、エンポリに行く事が多くなる。
ブログのネタは、ロータスとかカフーの方が多いのだが、暑さ対策ではしょうがない。
3月も半ばになろうと言うのに、季節はずれの物を見つけた。
タイに来た事のある人なら、「季節はずれ」など珍しく無いと思う人もいるだろう。
果物売り場には、この時期でも、スイカや桃、イチゴ、梨、柿などが並んでいる。
春も秋も夏も一緒である。
でも、今日見たのは、かなり「期間限定」の商品である。
日本で、この時期に売っているものではないし、この時期「買おう」とするのもでもない。

御供え餅。
最近のお供え餅は、プラスチックで完全包装されているから、カビの心配はない。
いくら、カビの心配が無くても「お供え餅」である。
三方に乗って紅白に飾られたものである。
今時、こんな物を欲しがるのは、日本の雰囲気を作り出したい、新装開店するローカルの日本食屋の経営者くらいだろう。
日本でも、タイでも、切り餅はお正月以外でも食べるようになった。
かく言う私も、磯部巻きやお汁粉風の餅なら、いつでもOKである。
さて、このお供え餅を買って、どこに飾るのが正しいのだろうか?
元々、五穀豊穣を祈念するのだから「神前」に飾るものだろう。
なんとなく「仏壇」ではないだろうと思う。
一般の家庭で「神前」と言うと「神棚」であろうか。
とは、言っても神棚のある家を最近は見た事がない。
私がタイに来る前に住んでいた埼玉のど田舎(群馬との境)では、農家が多かったせいもあるのだろうが、ホームセンターに神棚が売られていた。
また、毎年、「火伏せ」のお札とか「雷除け」のお札を町内会の人が売りに来たものである。
そんな「お札」を買って祀っておける人は、神棚に不自由はないだろう。
私の育った環境には、神棚は存在しなかった。
高校生の頃、「米屋」でアルバイトをしていた時期がある。
年末になると、お客さんの家をまわり、餅の注文を取ったものである。
その時に、お供え餅の注文を一緒に聞くのである。
注文の方法は「○合」のをいくつと言う方法である。
「2合を4つと1升のお供えを1つ」と行った風である。
その頃には、米屋での餅は機械で作っていた。
昼間は普通の「米屋」をやっていて、夜になると次の日配達する餅を作るのである。
半日以上、水に浸したもち米を大きな蒸篭で蒸し、それを機械にぶち込むのである。
グワングワンと機械がうなりをあげると、下の方から、熱い餅がニョロニョロと出てくる。
仙台の方は、切り餅であるので、これを餅の横幅に相当する厚みにするのである。
重さを計って、餅取り粉をひいた木の箱にいれ、木の蓋をして、上下左右に揺るのである。
そうすると、だいたい同じ厚さの餅の座布団が出来上るのである。
四隅をちゃんと角になるように成形する。
これを各家庭に配達するのである。
家庭では、包丁などを使って適当な大きさに切るのである。
お供え餅の方は、ニョロニョロと出てきた餅を計り、6:4くらいに分け丸めて行く。
大きなお供え餅には「砂糖」を混ぜる習慣があった。
これは、仙台の習慣なのであろうか?
神前に供える大きなお供え餅にだけ、砂糖を混ぜた。
砂糖を混ぜた餅は熱く、手にくっつくのである。
手を水で冷やすと、餅の表面が固くなり、艶のあるお供えが作れない。
寒い、東北の冬の夜中、砂糖入りのお供えを作る時は「アッチー」と言いながら作ったものである。
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今日見た、パック入りのお供え餅には、砂糖は入っていないだろう。
でも、メーカーは「サトウ」だと書いてある。
2009年03月11日
くるま
うわんです。

通勤で使っている車を20万キロの点検に出すと言う。
2005年の1月から乗っている車である。
まる4年が過ぎたわけである。
1日平均139km走っている計算である。
これは、単純計算だから土日や休日も走っている計算である。
実際には、土日も休みもあるから、1年に使っている日数は約100日程少ない。
だから1日平均で、188km程走っている。
毎日の通勤だけで片道60km、往復で120kmである。その他に外回りで約68kmを走っている事になる。
この4年間で、パンクが6回。 フロントガラスの交換が4回。
エアコンのガスが無くなったのが2回。
バッテリーの交換が2回。
バンパーの修理が1回。、ドアの修理が1回。
サンバイザーの交換が1回。 肘掛の交換が1回。
こうやってみると、中々丈夫な車である。
20万kmと言うと、地球の赤道面を5週した計算である。
時速60kmで走ったとして、3333時間もこの車の中で過ごしている計算である。
約130日、4年の内4か月半も車の中にいた事になる。
私の住んでいるアパートはタイに初めて来た時から住んでいる。
10年ほど前に、日本とは縁が切れて、タイのローカル採用となり給料が下がったのを言い訳にして家賃を下げて貰い、その後すっと3万バーツで住んでいる。
だから、4か月半と言うと、14万バーツの家賃分を車の中で生活しているのである。
タイに来て、最初に与えられた車は「ベンツ」であった。
この車は、走行中にラジエターのプロペラが粉々に割れたり、マフラーをどこかに落としたり、渋滞にはまるとあっさりオーバーヒートしたりする素敵な車であった。
ローカル採用になるまで乗っていたから、4年ほど使っていた。
その後、自分でも運転する事があるとの理由で、日本車のサニーに変えてもらった。
この車は、30万キロほど乗った。
日本では考えられない走行距離になったので、会社にわがままを言って、ピックアップをベースにした車に変えてもらった。
この3台の車は、今でも社用車として活躍している。
先日聞いたら、サニーは70万kmを超えているとか。
ベンツの方は、走行距離を示すカウンターが数年前から動いていないとの事である。
私が乗り始めた頃、十数年落ちと言っていたから、既に25年も経っている事になる。
その後、1年だけカムリに乗り、それからずっと今のウイッシュである。
車というのは、丈夫なものである。
これだけ耐久性がありながら、毎年物凄い数の自動車が売れている。
そのおかげで、私も仕事をして、飯を食えるのだから、文句を言える立場にはいないが、でも、車会社の営業力とは凄いものである。
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4年で20万km。
タイに来てからまるまる13年を過ぎた。
単純に考えてタイ国内での移動距離は65万kmになるだろう。
このくそ暑いタイの中で、65万kmも車に乗っている。
そのまま計算すると、14.5か月も車の中にいる事になる。
タイ生活の内、1年以上は移動の車の中である。
敷金も礼金も払っていないのである。

通勤で使っている車を20万キロの点検に出すと言う。
2005年の1月から乗っている車である。
まる4年が過ぎたわけである。
1日平均139km走っている計算である。
これは、単純計算だから土日や休日も走っている計算である。
実際には、土日も休みもあるから、1年に使っている日数は約100日程少ない。
だから1日平均で、188km程走っている。
毎日の通勤だけで片道60km、往復で120kmである。その他に外回りで約68kmを走っている事になる。
この4年間で、パンクが6回。 フロントガラスの交換が4回。
エアコンのガスが無くなったのが2回。
バッテリーの交換が2回。
バンパーの修理が1回。、ドアの修理が1回。
サンバイザーの交換が1回。 肘掛の交換が1回。
こうやってみると、中々丈夫な車である。
20万kmと言うと、地球の赤道面を5週した計算である。
時速60kmで走ったとして、3333時間もこの車の中で過ごしている計算である。
約130日、4年の内4か月半も車の中にいた事になる。
私の住んでいるアパートはタイに初めて来た時から住んでいる。
10年ほど前に、日本とは縁が切れて、タイのローカル採用となり給料が下がったのを言い訳にして家賃を下げて貰い、その後すっと3万バーツで住んでいる。
だから、4か月半と言うと、14万バーツの家賃分を車の中で生活しているのである。
タイに来て、最初に与えられた車は「ベンツ」であった。
この車は、走行中にラジエターのプロペラが粉々に割れたり、マフラーをどこかに落としたり、渋滞にはまるとあっさりオーバーヒートしたりする素敵な車であった。
ローカル採用になるまで乗っていたから、4年ほど使っていた。
その後、自分でも運転する事があるとの理由で、日本車のサニーに変えてもらった。
この車は、30万キロほど乗った。
日本では考えられない走行距離になったので、会社にわがままを言って、ピックアップをベースにした車に変えてもらった。
この3台の車は、今でも社用車として活躍している。
先日聞いたら、サニーは70万kmを超えているとか。
ベンツの方は、走行距離を示すカウンターが数年前から動いていないとの事である。
私が乗り始めた頃、十数年落ちと言っていたから、既に25年も経っている事になる。
その後、1年だけカムリに乗り、それからずっと今のウイッシュである。
車というのは、丈夫なものである。
これだけ耐久性がありながら、毎年物凄い数の自動車が売れている。
そのおかげで、私も仕事をして、飯を食えるのだから、文句を言える立場にはいないが、でも、車会社の営業力とは凄いものである。
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4年で20万km。
タイに来てからまるまる13年を過ぎた。
単純に考えてタイ国内での移動距離は65万kmになるだろう。
このくそ暑いタイの中で、65万kmも車に乗っている。
そのまま計算すると、14.5か月も車の中にいる事になる。
タイ生活の内、1年以上は移動の車の中である。
敷金も礼金も払っていないのである。
2009年03月10日
ばか話
うわんです。

オーストリアの会社が今年の末頃を目標にタイに会社を起こすのだそうだ。
もう、既に準備に入っているとか。
営業の親分が、製品の写真を持ってきた。
概略の見積もりをしろって、写真を渡された。
「日本人なんだから見た事があるだろう」って言って涼しい顔をしている。
で、貰った写真は「スノーモービル」
雪原を颯爽と滑るスノーモービルの写真である。
どこかのカレンダーにでも載っていそうな写真。
この写真1枚で、何をどうやって見積もればいいのか?
全く、日本人なら「何とかする」と思っている。
仕事が少ないと、色々な物を持ち込んでくる。
御客さんと無駄話しをしていて、「電気自動車」の話しになった。
鳴り物入りでニュースになった割には、新しいモデルの話がないと言う事。
実際、言う程、無いのではないか?
ガソリンスタンドならぬ電気スタンドだって建設してないし.......。
もし、電気自動車が主流になれば、エンジン絡みの仕事をしている会社はヤバイだろうとか......。
NHKのニュースで、横浜が電気自動車の乗り気であるとのこと。
日産の営業所に電気の補給所をつくるのだそうだ。
でも、横浜だけってのも考えものである。
他の会社の車は出入り禁止にされたりして.........
昨年から続く不況の真っ只中であるが、「電気自動車」が出れば、日本の自動車関連の企業のかなりの数の会社が危機に瀕するだろう。
これは、欧米でも同じ事。
社会構造が根こそぎひっくり返るかも知れない話しである。
だけど、世間ではそれほど騒いでいない。
車会社は本気で取り組んではいないのだろうか?
トヨタ、ニッサン、ホンダ、マツダ、ミツビシなど、日本を支えてきた自動車会社は、電気自動車になれば、バッテリーなどの開発で1歩リードしている家電会社と手を結ぶ事になるのだろうか。
あと、数年もすれば、ヒタチの車とかシャープの車とかトウシバの車が走っているのだろうか?
それは、それで大変な事のような気がする。
で、タイでも、電気自動車が流行るのだろうか?
走っている姿を想像してもしょうがない。
問題は「充電」である。
路上駐車している車から、コードが伸びて、電線につながっている。
「盗電」である。
「盗電」用の装置が、「市場」で普通に売られるはずである。
会社の駐車場でも、同じであろう。
充電だって、今のガソリンのように数分ではできないだろう。
行きつけのスタンドに予備のバッテリーを預けておいて、バッテリー毎交換する。
今の技術では、バッテリーも相当大きい。
車体をパカッと開けて、バッテリーの交換をする事になるのだろうか?
カラオケスナックのボトルキープのように、バッテリーをキープしておかなければならなくなるのかも知れない。
有効期間1年で、キープするのだ。
期限切れで流れたバッテリーを安売りしていたりして......。
タイ人の遅刻の言い訳に「バッテ モッツ」が加わるのだろう。
国内向けの100V右ハンドル車と海外向けの220V右ハンドル、左ハンドルなど沢山の車種ができるだろう。
輸入高級車は、100Vの日本では頻繁にハッテリー切れを起こして止まることだろう。
ヤクザさん御用達のベンツの前で、いかついお兄さんが、バッテリーの交換をしているなんて姿が見れるかもしれない。
日本から輸入した車が、ボンと一発でダメになったりもするだろう。
携帯電話の予備のバッテリーは、値段の関係で「純正」では無い物を使っている。
電池の持ちは「純正」に比べると格段に落ちる。
熱を持ったり、反りかえったり、パンパンに膨らんだりする。
電気自動車のバッテリーだって、きっといい加減な物が出回るに違いない。
道のあちこちで、止まったり、火を噴く車が後を絶たないだろう。
なんて、馬鹿話しをして、客先を退出。
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仕事がないと、お客さんとの馬鹿話しのネタにも困ってしまう。

オーストリアの会社が今年の末頃を目標にタイに会社を起こすのだそうだ。
もう、既に準備に入っているとか。
営業の親分が、製品の写真を持ってきた。
概略の見積もりをしろって、写真を渡された。
「日本人なんだから見た事があるだろう」って言って涼しい顔をしている。
で、貰った写真は「スノーモービル」
雪原を颯爽と滑るスノーモービルの写真である。
どこかのカレンダーにでも載っていそうな写真。
この写真1枚で、何をどうやって見積もればいいのか?
全く、日本人なら「何とかする」と思っている。
仕事が少ないと、色々な物を持ち込んでくる。
御客さんと無駄話しをしていて、「電気自動車」の話しになった。
鳴り物入りでニュースになった割には、新しいモデルの話がないと言う事。
実際、言う程、無いのではないか?
ガソリンスタンドならぬ電気スタンドだって建設してないし.......。
もし、電気自動車が主流になれば、エンジン絡みの仕事をしている会社はヤバイだろうとか......。
NHKのニュースで、横浜が電気自動車の乗り気であるとのこと。
日産の営業所に電気の補給所をつくるのだそうだ。
でも、横浜だけってのも考えものである。
他の会社の車は出入り禁止にされたりして.........
昨年から続く不況の真っ只中であるが、「電気自動車」が出れば、日本の自動車関連の企業のかなりの数の会社が危機に瀕するだろう。
これは、欧米でも同じ事。
社会構造が根こそぎひっくり返るかも知れない話しである。
だけど、世間ではそれほど騒いでいない。
車会社は本気で取り組んではいないのだろうか?
トヨタ、ニッサン、ホンダ、マツダ、ミツビシなど、日本を支えてきた自動車会社は、電気自動車になれば、バッテリーなどの開発で1歩リードしている家電会社と手を結ぶ事になるのだろうか。
あと、数年もすれば、ヒタチの車とかシャープの車とかトウシバの車が走っているのだろうか?
それは、それで大変な事のような気がする。
で、タイでも、電気自動車が流行るのだろうか?
走っている姿を想像してもしょうがない。
問題は「充電」である。
路上駐車している車から、コードが伸びて、電線につながっている。
「盗電」である。
「盗電」用の装置が、「市場」で普通に売られるはずである。
会社の駐車場でも、同じであろう。
充電だって、今のガソリンのように数分ではできないだろう。
行きつけのスタンドに予備のバッテリーを預けておいて、バッテリー毎交換する。
今の技術では、バッテリーも相当大きい。
車体をパカッと開けて、バッテリーの交換をする事になるのだろうか?
カラオケスナックのボトルキープのように、バッテリーをキープしておかなければならなくなるのかも知れない。
有効期間1年で、キープするのだ。
期限切れで流れたバッテリーを安売りしていたりして......。
タイ人の遅刻の言い訳に「バッテ モッツ」が加わるのだろう。
国内向けの100V右ハンドル車と海外向けの220V右ハンドル、左ハンドルなど沢山の車種ができるだろう。
輸入高級車は、100Vの日本では頻繁にハッテリー切れを起こして止まることだろう。
ヤクザさん御用達のベンツの前で、いかついお兄さんが、バッテリーの交換をしているなんて姿が見れるかもしれない。
日本から輸入した車が、ボンと一発でダメになったりもするだろう。
携帯電話の予備のバッテリーは、値段の関係で「純正」では無い物を使っている。
電池の持ちは「純正」に比べると格段に落ちる。
熱を持ったり、反りかえったり、パンパンに膨らんだりする。
電気自動車のバッテリーだって、きっといい加減な物が出回るに違いない。
道のあちこちで、止まったり、火を噴く車が後を絶たないだろう。
なんて、馬鹿話しをして、客先を退出。
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仕事がないと、お客さんとの馬鹿話しのネタにも困ってしまう。
2009年03月09日
気になる
うわんです。

仕事の打ち合わせで、シーロムに出かける事がある。
打ち合わせが終わってシーロムからラマ4に出ようとすると、渋滞につかまる。
この信号、なかなか進めない。
下手をすると、ここだけで20分も止まる事がある。
ここ何回か、同じ所で止まってしまった。
サラデーンの駅のラマ4側の階段の出口付近である。
此処に、気になる看板がある。
Bug and Beeと言う店の看板である。
看板の内容からすると、仕出し屋のようである。
商売の内容はどうでも良い。
この看板に描かれている「絵」がきになるのである。
半円の形をして、赤地に黒い斑点のある「虫」と言えば何を想像するだろうか?
私は、てんとう虫である。

そして、この絵を見て欲しい。
てんとう虫に見えないだろうか?
「ナナホシてんとう」と呼ばれるてんとう虫ににている。
で、これの何がきになるかと言うと、写真ではちょっと見難いが、虫の外周に細かい毛が生えているのである。
自分の毛が少ないから、絵と言えども、「毛」を許さないと言うのではない。
らだ、私の頭の中で、「てんとう虫」となっているこの絵に、正体不明の毛が描かれているのが「気になる」のである。
そんな「瑣末な事」と言ってしまえばそれまでの話。
でも、ここを通る度、ちょうどこの絵が見える所で止まるのである。
最初は気にならなかったが、一度気にすると、だんだん異様なものに見えてくる。
だいたい、この虫が「てんとう虫」でなかったとしても、この虫の絵にわざわざ「毛」を書き足す必要があったのだろうか?
食べ物を扱う商売で、Bugと名前をつけるのだから、看板にゴキブリは描けないだろう。
大きなゴキではなくても、ちいさなゴキなら、我が家の台所にもたくさんいる。
退治しても退治しても、一時姿を消すが、いつの間にかあらわれる。
食べ物とBugと言うと、そのちいさなゴキを思い浮かべてしまう。
この看板の絵は、明らかにゴキではない。
黒くて、白い斑点なら「かみきり虫」と言うのもありだろう。
でも、丸くて赤地に黒い斑点である。
どうみても「てんとう虫」である。
その「てんとう虫」に毛を生やすとは........である。
何回見ても、気になるのである。
気になってしまうと、どうしても「目が行く」のである。
目が行くとどうしても「気になる」のである。
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自分では気にしていないのだが、やっぱり「毛」が私の心の琴線にふれるのだろうか?
タイでは、缶詰の絵やお菓子の袋の絵など、何が描いてあるのか判断が難しいものが多い。
缶詰のイワシとサバとさんまは区別して描いて欲しいと思う。
ケチャップ煮の絵だとどれも同じに見える。

仕事の打ち合わせで、シーロムに出かける事がある。
打ち合わせが終わってシーロムからラマ4に出ようとすると、渋滞につかまる。
この信号、なかなか進めない。
下手をすると、ここだけで20分も止まる事がある。
ここ何回か、同じ所で止まってしまった。
サラデーンの駅のラマ4側の階段の出口付近である。
此処に、気になる看板がある。
Bug and Beeと言う店の看板である。
看板の内容からすると、仕出し屋のようである。
商売の内容はどうでも良い。
この看板に描かれている「絵」がきになるのである。
半円の形をして、赤地に黒い斑点のある「虫」と言えば何を想像するだろうか?
私は、てんとう虫である。

そして、この絵を見て欲しい。
てんとう虫に見えないだろうか?
「ナナホシてんとう」と呼ばれるてんとう虫ににている。
で、これの何がきになるかと言うと、写真ではちょっと見難いが、虫の外周に細かい毛が生えているのである。
自分の毛が少ないから、絵と言えども、「毛」を許さないと言うのではない。
らだ、私の頭の中で、「てんとう虫」となっているこの絵に、正体不明の毛が描かれているのが「気になる」のである。
そんな「瑣末な事」と言ってしまえばそれまでの話。
でも、ここを通る度、ちょうどこの絵が見える所で止まるのである。
最初は気にならなかったが、一度気にすると、だんだん異様なものに見えてくる。
だいたい、この虫が「てんとう虫」でなかったとしても、この虫の絵にわざわざ「毛」を書き足す必要があったのだろうか?
食べ物を扱う商売で、Bugと名前をつけるのだから、看板にゴキブリは描けないだろう。
大きなゴキではなくても、ちいさなゴキなら、我が家の台所にもたくさんいる。
退治しても退治しても、一時姿を消すが、いつの間にかあらわれる。
食べ物とBugと言うと、そのちいさなゴキを思い浮かべてしまう。
この看板の絵は、明らかにゴキではない。
黒くて、白い斑点なら「かみきり虫」と言うのもありだろう。
でも、丸くて赤地に黒い斑点である。
どうみても「てんとう虫」である。
その「てんとう虫」に毛を生やすとは........である。
何回見ても、気になるのである。
気になってしまうと、どうしても「目が行く」のである。
目が行くとどうしても「気になる」のである。
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自分では気にしていないのだが、やっぱり「毛」が私の心の琴線にふれるのだろうか?
タイでは、缶詰の絵やお菓子の袋の絵など、何が描いてあるのか判断が難しいものが多い。
缶詰のイワシとサバとさんまは区別して描いて欲しいと思う。
ケチャップ煮の絵だとどれも同じに見える。
2009年03月07日
社会性
うわんです。

毎月1回くらいのペースで、家内の知り合いの奥様方と、その旦那様との食事会をしている。
いつもは、どこかのレストランで集まるのだが、今回はメンバーの一人のマンションでホームパーティーとなった。
年齢は私たち夫婦が一番下。
とは言っても、10歳までは離れていない。
子供の話題とか、古い思い出話は共通の話題となり結構「盛り上がる」。
今回はホームパーティー形式だが、食べ物は「持ち寄り」である。
主催者が場所と飲み物を提供する。
大阪出身の人で、準備した料理は、お好み焼きと粕汁である。
我が家は、主催者の御主人が好物との事で、ケンタッキー。
辛くないオリジナルを15ピース。プロモーション中の魚のフライ。
まだメニューにも載っていない最新版の海老のリングを買った。
もう一軒は、イタリヤ料理の前菜に出てくるトマトとにんにくを混ぜてオリーブオイルを加えた物(名前は知らない)
フランスパンにのっけてたべた。
その他に、和風のラタトゥイユ。
枝豆の洋風サラダ?等々を持ち寄った。
料理も統一性がなく、バラバラであるが、適当にあっちをつっつき、こっちをつっつきと楽しいものである。
御酒もビール、ワイン、日本酒と様々でへべれけになるような不作法をする人はいないから、実に楽しい食事会になった。
奥さん同士が知り合いだから、私が普段やる飲み会とは違い、話題があちこちに飛んで面白い。
旦那同士は仕事も違うから、会社絡みの話はしない。
ケンタッキーをナイフとフォークで食べる話から、抱き枕の話、TVの朝ドラの話、方言の話、酒粕の食べ方まで。
様々な取り止めのない話で盛り上がりながら、夕方の5時半から10時過ぎまで。
男は、学校を出て就職してしまうと、就職した会社の中での「人間関係」が主になる。
地元で勤めなければ、学生時代の友人とは年に何回も会う事はない。
一般的に男の方が、外で、社会的だ、と言われる事が多いが果たしてそうだろうか?
会社と言う枠組みの中でしか、生活をしていないような気がする。
言ってみれば、金魚鉢の中で暮らしているようなものである。
学校と言う「金魚すくいのプール」から、モナカの皮ですくい取られて、会社と言う「金魚鉢」に移ったのである。
定年などで、金魚鉢から出されると、右も左もわからず、別な金魚鉢の人とは話題もなく、うろうろするだけである。
その点、女性は強いと思う。
今回、お会いした奥様方も、旦那の仕事の都合で、自分の意志とは関係なく「タイ」にいる。
旦那の方は、タイに来ても会社と言う「金魚鉢」の中にいるが、奥様方は、旦那とは全く別の「金魚」たちと、仲良くしている。
女性が「か弱く」「可憐」で..........などと言うのは、男の妄想ではないのか?
実際には、「社会性」も「生活力」もずっと上なのではないだろうか?
いや、上である。と断言しても良い。
こんな事を書くと、「封建時代は........」と反論されるかも知れない。
江戸時代だって、「武士」何て言う人種は2割ていどであったと言う。
8割は庶民である。
落語などで、出てくる「女将さん」は今と少しもかわらない。
イスラムなどの宗教で、女性を縛りつけていると言う人もいるだろう。
実際には、「神様」の助けを借りなければ、女性の自由奔放を押さえる事が出来ないのではないか。
旧約聖書の神様や、ゼウスなどの男の神様は「謝る」と許してくれるが、何処の世界の「女神」様は怒り狂うと「手がつけられない」のである。
ランキングに参加しています。
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「社会性」も「生活力」も女性の方が上だと思うが、それと同時に「闘争心」も強いと思う。
今は、男性中心に作られた社会規範の中で「女性」が頑張っているが、どんどん女性が社会進出をして、女性中心の社会になったと想像してみよう。
いまは、家庭内だけで吹き荒れる「きまぐれ奥様台風」が、社会現象になるのである。
これは、かなり「恐怖」の世界である。

毎月1回くらいのペースで、家内の知り合いの奥様方と、その旦那様との食事会をしている。
いつもは、どこかのレストランで集まるのだが、今回はメンバーの一人のマンションでホームパーティーとなった。
年齢は私たち夫婦が一番下。
とは言っても、10歳までは離れていない。
子供の話題とか、古い思い出話は共通の話題となり結構「盛り上がる」。
今回はホームパーティー形式だが、食べ物は「持ち寄り」である。
主催者が場所と飲み物を提供する。
大阪出身の人で、準備した料理は、お好み焼きと粕汁である。
我が家は、主催者の御主人が好物との事で、ケンタッキー。
辛くないオリジナルを15ピース。プロモーション中の魚のフライ。
まだメニューにも載っていない最新版の海老のリングを買った。
もう一軒は、イタリヤ料理の前菜に出てくるトマトとにんにくを混ぜてオリーブオイルを加えた物(名前は知らない)
フランスパンにのっけてたべた。
その他に、和風のラタトゥイユ。
枝豆の洋風サラダ?等々を持ち寄った。
料理も統一性がなく、バラバラであるが、適当にあっちをつっつき、こっちをつっつきと楽しいものである。
御酒もビール、ワイン、日本酒と様々でへべれけになるような不作法をする人はいないから、実に楽しい食事会になった。
奥さん同士が知り合いだから、私が普段やる飲み会とは違い、話題があちこちに飛んで面白い。
旦那同士は仕事も違うから、会社絡みの話はしない。
ケンタッキーをナイフとフォークで食べる話から、抱き枕の話、TVの朝ドラの話、方言の話、酒粕の食べ方まで。
様々な取り止めのない話で盛り上がりながら、夕方の5時半から10時過ぎまで。
男は、学校を出て就職してしまうと、就職した会社の中での「人間関係」が主になる。
地元で勤めなければ、学生時代の友人とは年に何回も会う事はない。
一般的に男の方が、外で、社会的だ、と言われる事が多いが果たしてそうだろうか?
会社と言う枠組みの中でしか、生活をしていないような気がする。
言ってみれば、金魚鉢の中で暮らしているようなものである。
学校と言う「金魚すくいのプール」から、モナカの皮ですくい取られて、会社と言う「金魚鉢」に移ったのである。
定年などで、金魚鉢から出されると、右も左もわからず、別な金魚鉢の人とは話題もなく、うろうろするだけである。
その点、女性は強いと思う。
今回、お会いした奥様方も、旦那の仕事の都合で、自分の意志とは関係なく「タイ」にいる。
旦那の方は、タイに来ても会社と言う「金魚鉢」の中にいるが、奥様方は、旦那とは全く別の「金魚」たちと、仲良くしている。
女性が「か弱く」「可憐」で..........などと言うのは、男の妄想ではないのか?
実際には、「社会性」も「生活力」もずっと上なのではないだろうか?
いや、上である。と断言しても良い。
こんな事を書くと、「封建時代は........」と反論されるかも知れない。
江戸時代だって、「武士」何て言う人種は2割ていどであったと言う。
8割は庶民である。
落語などで、出てくる「女将さん」は今と少しもかわらない。
イスラムなどの宗教で、女性を縛りつけていると言う人もいるだろう。
実際には、「神様」の助けを借りなければ、女性の自由奔放を押さえる事が出来ないのではないか。
旧約聖書の神様や、ゼウスなどの男の神様は「謝る」と許してくれるが、何処の世界の「女神」様は怒り狂うと「手がつけられない」のである。
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「社会性」も「生活力」も女性の方が上だと思うが、それと同時に「闘争心」も強いと思う。
今は、男性中心に作られた社会規範の中で「女性」が頑張っているが、どんどん女性が社会進出をして、女性中心の社会になったと想像してみよう。
いまは、家庭内だけで吹き荒れる「きまぐれ奥様台風」が、社会現象になるのである。
これは、かなり「恐怖」の世界である。
2009年03月06日
交通事情
うわんです。

日本の交通ルールと違う事がある。
T字路の直進側の左車線は、信号に関係なく直進できる。
とか、
左折はいつでも左折できる。
とか。
それが、必ずしも「全て」に適用される訳ではないから、厄介である。
左折の方は、良く見ると交差点の近くに青い左折の標識が出ている。
これがあれば、いつでも左折はOKである......と信じていた。
その下に小さな看板が付いていて、時間指定がされていたりする。
時間の時はまだ理解できる。
4輪は良いが6輪はダメだとかになるとどうなっているのかわからない。
信号で先頭になるのは、今でもいやである。
後ろから、クラクションでも鳴らされれば、行っていいのかな と思う。
中国では、クラクションが大活躍していると聞いた事がある。
タイではそれほどクラクションを鳴らさない。
私の運転手は、他のタイ人と一緒で、停車する時、ギリギリまで前の車に近づいて止まる。
バンパーに目が付いているのではないかと思うほど、ギリギリまで近づく。
そして、前の車が動かないとパッシングをするのである。
「そんなもん、見えんだろ!」と突っ込みを入れたくなる。
パッシングと言えば、Uターンや右折をする時、対向車がパッシングをする。
日本では、「お先にどうぞ」の意味である事が多い。
タイでは「出てくるな!」の意味で、パッシングの後スピードを上げて向かってくる。
T字路の直進は、殆どOKのようである。
たまに、信号で止まらなければならない場所もあるようであるが、私には「判定」出来ない。
これも、クラクション待ちである。
直進の信号が「赤」と言う事は、通常の場合、T字路の縦棒に当たる車線が「青」である。
縦棒の方から見れば、右折しなければならないのである。
直進車と「一体化」しそうになる。
それが、渋滞の元にもなる。
またまた、私の運転手の話で申し訳ないが、
T字路の直進の信号が「赤」の場合、直ぐさま一番左の車線に寄り、ノンストップの直進態勢に入る。
で、交差点に入ったとたんに車線変更をして、真ん中の車線に入る。
真ん中の車線は直進「赤」だから突っ込んでは来ない。
それを見越しての交差点内での車線変更である。
良く理解できないのは。一番右の追い越し車線まで行ってしまう事が度々あるのである。
直進が「赤」の時は、縦棒側からの右折車があるのである。
縦棒側の信号は「青」なのだから、相手側の優先権があるはずである。
でも、直線、交差点内車線変更は「確信犯」であるから、右折側が譲ってしまう。
その直進、確信犯は、路線バスでも同じ事である。
直進側で、一番右車線で縦棒の道へ右折しようとしている車も、交差点の中程まで出て、右折の矢印が出るのを待っている。
縦棒側から出て来ようとする車はスムーズに行く事ができない。
次に信号が変わるまで待っても、状況は同じである。
可能性があるのなら、今の「青」信号で行ってしまいたい。
だから、少々無理があっても交差点の入って行く。
そのうち、信号がかわり、直進側が「青」になると、縦棒側の右折車があるのに直進車が突っ込んでくる。
ちょっと交通量が多いと、「三すくみ」の状態になり、どこも動けなくなる。
車が渋滞すると、歩行者が「横断禁止」の道を車を縫って横断し始める。
分離帯に張ってある、横断防止のワイヤーはちゃんと壊されている。
毎朝、毎夕繰り返される、私の住んでいるソイから大通のスクムビットに出るための攻防である。
3年ほど前に信号が設置された。
最寄の信号との連携が悪いから、余計に混雑する。
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あまり混雑がひどくなると、信号小屋から交通整理の警官が出てくるが、混雑に一層拍車をかけているようである。

日本の交通ルールと違う事がある。
T字路の直進側の左車線は、信号に関係なく直進できる。
とか、
左折はいつでも左折できる。
とか。
それが、必ずしも「全て」に適用される訳ではないから、厄介である。
左折の方は、良く見ると交差点の近くに青い左折の標識が出ている。
これがあれば、いつでも左折はOKである......と信じていた。
その下に小さな看板が付いていて、時間指定がされていたりする。
時間の時はまだ理解できる。
4輪は良いが6輪はダメだとかになるとどうなっているのかわからない。
信号で先頭になるのは、今でもいやである。
後ろから、クラクションでも鳴らされれば、行っていいのかな と思う。
中国では、クラクションが大活躍していると聞いた事がある。
タイではそれほどクラクションを鳴らさない。
私の運転手は、他のタイ人と一緒で、停車する時、ギリギリまで前の車に近づいて止まる。
バンパーに目が付いているのではないかと思うほど、ギリギリまで近づく。
そして、前の車が動かないとパッシングをするのである。
「そんなもん、見えんだろ!」と突っ込みを入れたくなる。
パッシングと言えば、Uターンや右折をする時、対向車がパッシングをする。
日本では、「お先にどうぞ」の意味である事が多い。
タイでは「出てくるな!」の意味で、パッシングの後スピードを上げて向かってくる。
T字路の直進は、殆どOKのようである。
たまに、信号で止まらなければならない場所もあるようであるが、私には「判定」出来ない。
これも、クラクション待ちである。
直進の信号が「赤」と言う事は、通常の場合、T字路の縦棒に当たる車線が「青」である。
縦棒の方から見れば、右折しなければならないのである。
直進車と「一体化」しそうになる。
それが、渋滞の元にもなる。
またまた、私の運転手の話で申し訳ないが、
T字路の直進の信号が「赤」の場合、直ぐさま一番左の車線に寄り、ノンストップの直進態勢に入る。
で、交差点に入ったとたんに車線変更をして、真ん中の車線に入る。
真ん中の車線は直進「赤」だから突っ込んでは来ない。
それを見越しての交差点内での車線変更である。
良く理解できないのは。一番右の追い越し車線まで行ってしまう事が度々あるのである。
直進が「赤」の時は、縦棒側からの右折車があるのである。
縦棒側の信号は「青」なのだから、相手側の優先権があるはずである。
でも、直線、交差点内車線変更は「確信犯」であるから、右折側が譲ってしまう。
その直進、確信犯は、路線バスでも同じ事である。
直進側で、一番右車線で縦棒の道へ右折しようとしている車も、交差点の中程まで出て、右折の矢印が出るのを待っている。
縦棒側から出て来ようとする車はスムーズに行く事ができない。
次に信号が変わるまで待っても、状況は同じである。
可能性があるのなら、今の「青」信号で行ってしまいたい。
だから、少々無理があっても交差点の入って行く。
そのうち、信号がかわり、直進側が「青」になると、縦棒側の右折車があるのに直進車が突っ込んでくる。
ちょっと交通量が多いと、「三すくみ」の状態になり、どこも動けなくなる。
車が渋滞すると、歩行者が「横断禁止」の道を車を縫って横断し始める。
分離帯に張ってある、横断防止のワイヤーはちゃんと壊されている。
毎朝、毎夕繰り返される、私の住んでいるソイから大通のスクムビットに出るための攻防である。
3年ほど前に信号が設置された。
最寄の信号との連携が悪いから、余計に混雑する。
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あまり混雑がひどくなると、信号小屋から交通整理の警官が出てくるが、混雑に一層拍車をかけているようである。
2009年03月05日
かき氷
うわんです。

日を追って暑くなってきている。
つい、数カ月前は「寒い」と言ってジャンパーを着ていたのである。
我が家のシャワーは寒かった頃は、ちっとも熱くならずシャワーを浴びると風邪を引きそうだった。
今は、バスタブに貯めても、水でうめなければ、そのまま入る事ができない程になっている。
温度調整の機能と言うのが付いていないので、自然任せなのである。
自然任せと言えば、クーラーもそうである。
室外機が白い四角いタイプではなく、緑色の円筒形のタイプである。
スイッチを入れると、「これでもか!」と言うほど音を出すが、冷気は音の割には出て来ない。
室内機の方も、かなり大きめの装置である。
床置きのタイプで、フィルターの空気吸い込みの音は素晴らしく大きい。
室外機の音と唱和して安眠を妨害し続けている。
このクーラーには、弱と中と強の3段階の温度調整スイッチが付いている。
このスイッチの特徴は、どこに合わせても、温度、風量が一定であると言う事である。
中々、意思の強いクーラーである。
しかも、外気温に対して、一定の温度しか下げないように設計されているらしく、冬の寒い時期はかなり冷たい風を送るが、今の時期はちゃんと温風を送ってくれる。
室内温度を高めに設定しようと言う、今の日本の「エコ」対策にはもってこいのクーラーである。
ただし、使用電力は、最新にクーラーに比べると、数倍の電力を使用している。
私の寝室の一番大きな面積を持つ壁は、西側を向いている。
昼過ぎには、太陽の光が当たり、日が沈むまで全く影を作らずに、南国の太陽に照らされている。
夜8時を過ぎても、床暖房で温められた床より暖かい状態が続く。
ほんの気持だけ涼しい「頑固」なクーラーと、温室のような西側の壁。
この2つの相乗効果によって、とても素敵な「真夏の夜の夢」を見る事ができるのである。
暑くなれば冷たい物が欲しくなる。
安直に冷たい物と言えば「氷」である。
カキ氷。
氷と書かれ下に波の模様が入った短い幟である。
横に手回しのハンドルが付いたカキ氷の機械を思い出す。
タイにも「カキ氷」はある。
自転車に装置一式を積んで来る「移動式」のカキ氷」屋である。
体に悪そうな真赤や真緑のシロップをかけたりしてくれる。
で、タイのカキ氷の製造機の写真である。

まな板の中程に包丁を差し込み、その上を氷が往復する事で、氷が削れる仕組みである。
大根おろしで経験済みだが、最後の方は、押さえている手と刃物が接触すると危険である。
そこで、移動式カキ氷屋は、木片に釘を打ちつけ、氷のすべり止めと安全対策の両立を図っている。
下の台が「かんな」になっているタイプは良く見かけるが、包丁でやっているのはあまり見た事がない。
私的には、珍らしいカキ氷屋である。
水道の水を飲んではいけないと言われているタイで、カキ氷は大丈夫なのか?と心配する向きもあるだろう。
氷が安全であったとしても、その氷を入れて来る箱を、氷屋のおっさんが「飲料水」で洗っているだろうか?
氷は、箱に入れてあるが、削る装置は、土埃り、排気ガスの中で剥き出しである。
氷を乗せる時、煮しめたようなタオルで一拭きするが、そのタオルと排気ガスとではどちらが衛生的なのだろう?
相乗効果も期待できるのである。
で、氷を掴むおっさんの手。
移動式の屋台で、手を洗うと言う所作はタイのカキ氷道の作法には無いと思う。
さらに、着色料たっぷりのシロップである。
日本の健康至上主義の奥様が見たらひっくり返りそうな「バイキン」カキ氷も、この体に悪そうなシロップをかければバイキンが死滅するかも知れない。
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心配はいらない。
我々、軟弱な日本人には「正露丸」と言う強い味方がいる。
口直しに2~3粒も飲んでおけば、安心である。

日を追って暑くなってきている。
つい、数カ月前は「寒い」と言ってジャンパーを着ていたのである。
我が家のシャワーは寒かった頃は、ちっとも熱くならずシャワーを浴びると風邪を引きそうだった。
今は、バスタブに貯めても、水でうめなければ、そのまま入る事ができない程になっている。
温度調整の機能と言うのが付いていないので、自然任せなのである。
自然任せと言えば、クーラーもそうである。
室外機が白い四角いタイプではなく、緑色の円筒形のタイプである。
スイッチを入れると、「これでもか!」と言うほど音を出すが、冷気は音の割には出て来ない。
室内機の方も、かなり大きめの装置である。
床置きのタイプで、フィルターの空気吸い込みの音は素晴らしく大きい。
室外機の音と唱和して安眠を妨害し続けている。
このクーラーには、弱と中と強の3段階の温度調整スイッチが付いている。
このスイッチの特徴は、どこに合わせても、温度、風量が一定であると言う事である。
中々、意思の強いクーラーである。
しかも、外気温に対して、一定の温度しか下げないように設計されているらしく、冬の寒い時期はかなり冷たい風を送るが、今の時期はちゃんと温風を送ってくれる。
室内温度を高めに設定しようと言う、今の日本の「エコ」対策にはもってこいのクーラーである。
ただし、使用電力は、最新にクーラーに比べると、数倍の電力を使用している。
私の寝室の一番大きな面積を持つ壁は、西側を向いている。
昼過ぎには、太陽の光が当たり、日が沈むまで全く影を作らずに、南国の太陽に照らされている。
夜8時を過ぎても、床暖房で温められた床より暖かい状態が続く。
ほんの気持だけ涼しい「頑固」なクーラーと、温室のような西側の壁。
この2つの相乗効果によって、とても素敵な「真夏の夜の夢」を見る事ができるのである。
暑くなれば冷たい物が欲しくなる。
安直に冷たい物と言えば「氷」である。
カキ氷。
氷と書かれ下に波の模様が入った短い幟である。
横に手回しのハンドルが付いたカキ氷の機械を思い出す。
タイにも「カキ氷」はある。
自転車に装置一式を積んで来る「移動式」のカキ氷」屋である。
体に悪そうな真赤や真緑のシロップをかけたりしてくれる。
で、タイのカキ氷の製造機の写真である。

まな板の中程に包丁を差し込み、その上を氷が往復する事で、氷が削れる仕組みである。
大根おろしで経験済みだが、最後の方は、押さえている手と刃物が接触すると危険である。
そこで、移動式カキ氷屋は、木片に釘を打ちつけ、氷のすべり止めと安全対策の両立を図っている。
下の台が「かんな」になっているタイプは良く見かけるが、包丁でやっているのはあまり見た事がない。
私的には、珍らしいカキ氷屋である。
水道の水を飲んではいけないと言われているタイで、カキ氷は大丈夫なのか?と心配する向きもあるだろう。
氷が安全であったとしても、その氷を入れて来る箱を、氷屋のおっさんが「飲料水」で洗っているだろうか?
氷は、箱に入れてあるが、削る装置は、土埃り、排気ガスの中で剥き出しである。
氷を乗せる時、煮しめたようなタオルで一拭きするが、そのタオルと排気ガスとではどちらが衛生的なのだろう?
相乗効果も期待できるのである。
で、氷を掴むおっさんの手。
移動式の屋台で、手を洗うと言う所作はタイのカキ氷道の作法には無いと思う。
さらに、着色料たっぷりのシロップである。
日本の健康至上主義の奥様が見たらひっくり返りそうな「バイキン」カキ氷も、この体に悪そうなシロップをかければバイキンが死滅するかも知れない。
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心配はいらない。
我々、軟弱な日本人には「正露丸」と言う強い味方がいる。
口直しに2~3粒も飲んでおけば、安心である。
2009年03月04日
エイ
うわんです。

多い年で、1年に3回、少ないときで、5年に1回位の割合で、日本の土を踏む事がある。
殆ど、仕事絡みであるので、1回3日間程度である。
私の出身は、東北の仙台である。
仕事絡みの出張は、神奈川、名古屋、大阪、福岡、である。
群馬、新潟、富山、名古屋、神奈川と驅け擦りまわった事もある。
何処に行っても、「土地勘」がなく、バスの乗り方、電車の改札での切符の入れ方すらわからない。
なぜ、統一できないのだろうか?
最近の傾向だろうか、エスカレーターの片側を空けて乗るのが流行っている。
聞けば、欧米ではそうなのだそうだ。
欧米の真似は直ぐやりたがるのは、明治以降、日本の得意技である。
でも、東京と大阪では、空ける方向が違う。
これも、統一して欲しいものである。
3月に家内が日本へ行く。
約2年振りくらいだろうか。
私もその間、羽を伸ばす事ができる(ような気がする)
で、お土産は何が良いか、と言う話になった。
滅多に帰らないし、荷物になるのは嫌いである。
それでも、久しぶりに実家へも寄るとの事で、兄弟へのお土産を考えなければならない。
贈り物の基本は、安くて、大きくて、重くて邪魔になるが、捨てられない物。である。
でも、それは送別会などで、送られた本人が「持ち帰る」事が前提になっている。
このブログにコメントをくださるthaikingyoさんによれば、「ミヤゲモノ」ではなく「イヤゲモノ」だそうだ。
結局、日本には無いだろう(と言う想定)で、エイの皮細工の財布にしようと言う事になった。
7~8年位前に急に流行ったものである。
黒いボツボツの皮に白い菱形の模様がある奴である。
財布になったり、ベルトになったりしている。
先月、家内がベンジャロン焼きの工房を訪ねるツアーに参加した。
そのとき、タイの工芸品の歴史とかもザッ教わったらしい。
その中に、エイの皮を使った工芸品を見たらしい。
私はまた白い菱形の模様が入ったエイを見た事が無いが、家内はその時「カワ」を見たらしい。
先日、インターネットのニュースを見ていたら、タイで記録的な大きさの淡水エイが捕まったと言うニュースがあった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090227-00000002-natiogeop-int.view-000
人間の大きさと比べるとかなり大きい。
たたみ3~4畳くらいの大きさであろうか?
居酒屋の酒の肴である「エイヒレ」なら何人前になるのだろうか?
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タイに住んでいて、大きさを「たたみ」に置き換えてしまうのは「日本人」の性であろうか。
大きな物を見ると、さしみで何人前と、「居酒屋メニュー」に置き換えないと実感が湧かないのは、「酒飲み」だからだろう。

多い年で、1年に3回、少ないときで、5年に1回位の割合で、日本の土を踏む事がある。
殆ど、仕事絡みであるので、1回3日間程度である。
私の出身は、東北の仙台である。
仕事絡みの出張は、神奈川、名古屋、大阪、福岡、である。
群馬、新潟、富山、名古屋、神奈川と驅け擦りまわった事もある。
何処に行っても、「土地勘」がなく、バスの乗り方、電車の改札での切符の入れ方すらわからない。
なぜ、統一できないのだろうか?
最近の傾向だろうか、エスカレーターの片側を空けて乗るのが流行っている。
聞けば、欧米ではそうなのだそうだ。
欧米の真似は直ぐやりたがるのは、明治以降、日本の得意技である。
でも、東京と大阪では、空ける方向が違う。
これも、統一して欲しいものである。
3月に家内が日本へ行く。
約2年振りくらいだろうか。
私もその間、羽を伸ばす事ができる(ような気がする)
で、お土産は何が良いか、と言う話になった。
滅多に帰らないし、荷物になるのは嫌いである。
それでも、久しぶりに実家へも寄るとの事で、兄弟へのお土産を考えなければならない。
贈り物の基本は、安くて、大きくて、重くて邪魔になるが、捨てられない物。である。
でも、それは送別会などで、送られた本人が「持ち帰る」事が前提になっている。
このブログにコメントをくださるthaikingyoさんによれば、「ミヤゲモノ」ではなく「イヤゲモノ」だそうだ。
結局、日本には無いだろう(と言う想定)で、エイの皮細工の財布にしようと言う事になった。
7~8年位前に急に流行ったものである。
黒いボツボツの皮に白い菱形の模様がある奴である。
財布になったり、ベルトになったりしている。
先月、家内がベンジャロン焼きの工房を訪ねるツアーに参加した。
そのとき、タイの工芸品の歴史とかもザッ教わったらしい。
その中に、エイの皮を使った工芸品を見たらしい。
私はまた白い菱形の模様が入ったエイを見た事が無いが、家内はその時「カワ」を見たらしい。
先日、インターネットのニュースを見ていたら、タイで記録的な大きさの淡水エイが捕まったと言うニュースがあった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090227-00000002-natiogeop-int.view-000
人間の大きさと比べるとかなり大きい。
たたみ3~4畳くらいの大きさであろうか?
居酒屋の酒の肴である「エイヒレ」なら何人前になるのだろうか?
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タイに住んでいて、大きさを「たたみ」に置き換えてしまうのは「日本人」の性であろうか。
大きな物を見ると、さしみで何人前と、「居酒屋メニュー」に置き換えないと実感が湧かないのは、「酒飲み」だからだろう。
2009年03月03日
給料
うわんです。

日本でも、公共工事などの手配の時に、お役人やら、首長やらが業者からお金を貰って「便宜」を図るなんて事がある。
たまに、ドジな奴がいて、警察に捕まったりしているようであるが、一般庶民はそれが「氷山の一角」にしか過ぎない事を十分に理解している。
記者会見などで、「他人事」のような顔をして、「国民(市民)の皆さまの信頼を裏切るような.....」などともっともらしくしゃべっているが、国民もしゃべっている公務員も「国民が信頼」なんかしていないと思っているのだろう。
先日、タイの「区長」さんの給料が改定されたと言うニュースがあった。
タイの行政区分はどうなっているのかに興味がないので、詳しくは知らない。
でも、カムナン、ムーバーン、プーヤイバーンなどがあるのだから、カムナンと言えば市長クラスになるのだろうか?
一応、区長と訳しているようである。
日本の大使館はバンコクを「バンコク都」と呼んでいる。
「カムナン」はその下なのだろうから「区長」で良いのかも知れない。
プーヤイバーンを村長と訳すから、ムーバーンは町長だろうか?
ま、そんな事はどうでもいい。
驚いたのは、「区長」の給料である。
今回の改定で、5000バーツから7500バーツに引き上げられたのだそうだ。
再来年には10000バーツになるとの事。
東京都の場合、新宿区長が月額117万4,000円、足立区長が月額114万9,000円、港区長が月額114万5,000円なのだそうだ。
エイヤ!で平均すると、115万円くらいと言うところだろうか。
それに対して、タイの場合、2万2,500円くらい。
差額にして「112万7,500円」、倍率で50倍以上の差である。
タイの「半可通」の人は、タイの公務員の態度の悪さや、袖の下の要求などに憤慨する人も多い。
私が接する機会が一番多い役所は、「イミグレーション」であるが、必要書類についての質問でも、人によって答えが違う。
正式にはどうなっているか分からないが、一度「ダメ」と言われても、それなりの「寄付金」や個人的な「義援金」によってOKになる事もある。
「これは、不正だ」と憤慨するのは間違いではないが、「上手く利用」する事もできるのである。
区長でこれなのだから、その下の普通の役人の給料はどの位なのだろう。
倍率で50倍以上。
これを読んでいる「日本在住の日本人」に聞いてみたい。
確かに、タイの公務員は役所でも警察でも「何がしかの金」を要求される事があるだろう。
日本では「特別」の役職にでもついていなければ、「袖の下」を要求される事はない。
そこで、聞きたいのだが、皆さんの住んでいる市町村の役所の人が、「袖の下」を要求するタイの公務員の50倍の働きをしていますか?
もし、そんなに働いていないと思うなら、日本の公務員は、タイとは違って「寄付金」や個人的な「義援金」ではなく、おおぴらに「賄賂」分を毎月貰っているとは思いませんか?
「寄付金」や個人的な「義援金」を使う事で、忙しい時に、順番を調整してもらったり、手続き不良の後始末をつけたりと、役には立っている。
タイで一番のヤクザ組織である「警察」も、タイ人と外人では「寄付金」や「義援金」の額に差があるものの、四角四面に対処されるよりも、有難い時がある。
「寄付金」や個人的な「義援金」が良いと言っている訳ではありません。
でも、区長の給料の差を考えると、少しは「しょうがない」のかなとも、思うのです。
間違いない事は、その在任中に私が想像するより多くの「寄付金」や企業からの「義援金」が懐に入ると言う事でしょう。
ランキングに参加しています。
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罰金や課徴金、追徴金を取られる時、どうしても「目の前」にいる奴を睨んでしまうが、彼らも私たちからそういうお金を徴収しても、みな「国庫」に入ってしまうのである。
徴収額の何割引きかで、領収書の無いお金を徴収できれば、そのお金は「ポッポ」に入るのである。
我々としては何割か安くてすむ。彼らにとっても「ハッピー」である。
「コッコ」と「ポッポ」似たような「発音」である。
この発音の差を、誤差範囲と捉えれば、全てが「丸く収まる」のである。

日本でも、公共工事などの手配の時に、お役人やら、首長やらが業者からお金を貰って「便宜」を図るなんて事がある。
たまに、ドジな奴がいて、警察に捕まったりしているようであるが、一般庶民はそれが「氷山の一角」にしか過ぎない事を十分に理解している。
記者会見などで、「他人事」のような顔をして、「国民(市民)の皆さまの信頼を裏切るような.....」などともっともらしくしゃべっているが、国民もしゃべっている公務員も「国民が信頼」なんかしていないと思っているのだろう。
先日、タイの「区長」さんの給料が改定されたと言うニュースがあった。
タイの行政区分はどうなっているのかに興味がないので、詳しくは知らない。
でも、カムナン、ムーバーン、プーヤイバーンなどがあるのだから、カムナンと言えば市長クラスになるのだろうか?
一応、区長と訳しているようである。
日本の大使館はバンコクを「バンコク都」と呼んでいる。
「カムナン」はその下なのだろうから「区長」で良いのかも知れない。
プーヤイバーンを村長と訳すから、ムーバーンは町長だろうか?
ま、そんな事はどうでもいい。
驚いたのは、「区長」の給料である。
今回の改定で、5000バーツから7500バーツに引き上げられたのだそうだ。
再来年には10000バーツになるとの事。
東京都の場合、新宿区長が月額117万4,000円、足立区長が月額114万9,000円、港区長が月額114万5,000円なのだそうだ。
エイヤ!で平均すると、115万円くらいと言うところだろうか。
それに対して、タイの場合、2万2,500円くらい。
差額にして「112万7,500円」、倍率で50倍以上の差である。
タイの「半可通」の人は、タイの公務員の態度の悪さや、袖の下の要求などに憤慨する人も多い。
私が接する機会が一番多い役所は、「イミグレーション」であるが、必要書類についての質問でも、人によって答えが違う。
正式にはどうなっているか分からないが、一度「ダメ」と言われても、それなりの「寄付金」や個人的な「義援金」によってOKになる事もある。
「これは、不正だ」と憤慨するのは間違いではないが、「上手く利用」する事もできるのである。
区長でこれなのだから、その下の普通の役人の給料はどの位なのだろう。
倍率で50倍以上。
これを読んでいる「日本在住の日本人」に聞いてみたい。
確かに、タイの公務員は役所でも警察でも「何がしかの金」を要求される事があるだろう。
日本では「特別」の役職にでもついていなければ、「袖の下」を要求される事はない。
そこで、聞きたいのだが、皆さんの住んでいる市町村の役所の人が、「袖の下」を要求するタイの公務員の50倍の働きをしていますか?
もし、そんなに働いていないと思うなら、日本の公務員は、タイとは違って「寄付金」や個人的な「義援金」ではなく、おおぴらに「賄賂」分を毎月貰っているとは思いませんか?
「寄付金」や個人的な「義援金」を使う事で、忙しい時に、順番を調整してもらったり、手続き不良の後始末をつけたりと、役には立っている。
タイで一番のヤクザ組織である「警察」も、タイ人と外人では「寄付金」や「義援金」の額に差があるものの、四角四面に対処されるよりも、有難い時がある。
「寄付金」や個人的な「義援金」が良いと言っている訳ではありません。
でも、区長の給料の差を考えると、少しは「しょうがない」のかなとも、思うのです。
間違いない事は、その在任中に私が想像するより多くの「寄付金」や企業からの「義援金」が懐に入ると言う事でしょう。
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罰金や課徴金、追徴金を取られる時、どうしても「目の前」にいる奴を睨んでしまうが、彼らも私たちからそういうお金を徴収しても、みな「国庫」に入ってしまうのである。
徴収額の何割引きかで、領収書の無いお金を徴収できれば、そのお金は「ポッポ」に入るのである。
我々としては何割か安くてすむ。彼らにとっても「ハッピー」である。
「コッコ」と「ポッポ」似たような「発音」である。
この発音の差を、誤差範囲と捉えれば、全てが「丸く収まる」のである。
2009年03月02日
3月です。
うわんです。

3月になってしまいました。
朝、通勤の途中でガソリンスタンドに寄った。
セミが鳴いていた。
タイにいるセミの種類は分からないが、故郷の「春ぜみ」のような鳴き声に聞えた。
タイでは、これから本格的に暑くなるまでが、セミの季節である。
セミの声を聞いて、故郷を思い出すなんて、歳を取ったのかなァ。
ランキングに参加しています。
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夏の夕暮れ、近くの森から聞こえて来るヒグラシの声が好きであった。
「カナ、カナ、カナ、カナ」と鳴くセミである。
セミの声は、疲れ果てるまで遊んだ子供の頃の記憶と、晩ご飯の味噌汁の匂いを鮮明に思い出させてくれる。

3月になってしまいました。
朝、通勤の途中でガソリンスタンドに寄った。
セミが鳴いていた。
タイにいるセミの種類は分からないが、故郷の「春ぜみ」のような鳴き声に聞えた。
タイでは、これから本格的に暑くなるまでが、セミの季節である。
セミの声を聞いて、故郷を思い出すなんて、歳を取ったのかなァ。
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夏の夕暮れ、近くの森から聞こえて来るヒグラシの声が好きであった。
「カナ、カナ、カナ、カナ」と鳴くセミである。
セミの声は、疲れ果てるまで遊んだ子供の頃の記憶と、晩ご飯の味噌汁の匂いを鮮明に思い出させてくれる。



